precious(3)


 雨の音は好きではない。ラジオのノイズのように耳障りな音でじりじりと精神を蝕まれるような錯覚を覚えてしまう。
 チ、と舌打ちをしてまだ泣き止む気配のない鉛色の空を見つめた。
 背後でクシュンと小さなくしゃみが聞こえる。そういえば、随分と身体に感じる空気が冷たい。
 ベルトに括りつけた袋から、無造作にレーションの包みを取り出す。
 味気ない戦闘糧食をゴロゴロと床に転がして、その中からピーナツバターの缶を探し出しナイフを缶切りがわりに使い、器用に中身を取り出した。
 蝋のように固まったそれは、戦場では食用の他にもう一つの使い方が出来る。
 缶の中に詰まったピーナツバターに火を点せば、煙を出さずに静かに燃えるそれは蝋燭のように暗い部屋の中にほのかな灯りを点した。

 揺れる小さな炎をぼんやりと見つめていると、それまで泣きも喚きもせずに蹲ったままだった子供があどけない顔でじっと自分を見上げている事に気づいた。
「お兄ちゃんは 誰?」
 もっともな質問だ、と思う。立派な不法侵入者である自分に何の疑問も抱かない方がおかしい。
 しかし、その問いに答えるということは、自分がこの街をゴーストタウンに変えた張本人、ガンマ団特戦部隊の隊員であることを告げることになる。
 どうしたものだろうか、と首を傾げると不意に大きなくしゃみが辺りの静寂を乱した。
 へ?と一瞬己自身呆気にとられたが立て続けにクシュン、クシュンと続き、自分が予想以上に身体を冷やしてしまっていることにようやく気づいた。

「さっみ〜っ」
 自覚してしまうと途端に耐え難い寒気に襲われる。情けなく鼻水を垂らしながらガクガクと震える自分をきょとんとした顔で見つめていた少年が、少し待っていて、と小さく笑みを浮かべて立ち上がった。
「毛布あるから、僕もって来る」
「おっ・・・・おお、ありがとうな」

 年相応の無邪気な微笑みを浮かべて奥の部屋に走る少年の後姿に礼を言ってから、どうにも調子が狂うな、とやり切れない思いに溜息を吐き出した。
 やはり、雨が止む前にやはりここを後にしよう。
 そう思い腰をあげたとき、開け放たれたままの筈の戸口を塞ぐ人影に気づき 片眉をあげた。



「私達を待たせておいて、随分と悠長なことだな、ロッド」
 嘲るように呟かれたその声の主に、瞳を細めて片手を掲げて応じた。
「いやぁ、悪ぃ悪ぃ、道がわかんなくなっちまってよ〜」
 迎えにきてくれて助かったぜ、と愛想良く笑いかければ間髪おかずにブエクシュ、と盛大なくしゃみをしてしまい同僚に冷たい目で見下される羽目になった。
「・・・・これ以上隊長を待たせると、命の保障は出来んぞ」
 呆れたように呟いた後、マーカーの切れ長の瞳が自分から逸らされ、肩越しの部屋の奥を射る様にきつく睨みつけた。

「誰だ。出て来い」
 しまった、と思った時にはもう既に、マーカーの両腕に静かに紅蓮の炎がとぐろを巻いていた。
「・・・子供か、生き残りがいたとはな」
 おずおずと柱の陰から姿を現した子供を見遣り、興味を無くしたように呟きながらも腕の炎が牙を剥く龍を形作る。
 その、夢でもみるような光景に唖然と立ち竦んでいた子供の小さな身体を呑み込むように炎の龍が大きく口を開け、喰らいつく瞬間。
 間一髪で少年と火柱の間に飛び込んだ。
 身を焦がす灼熱の炎を身体の周りに作った豪風で咄嗟に散らし、どうにか直撃を遣り過ごす。
 それでものたうつ龍のように暴れる火柱の威力に押され、己と背後にいる子供を守るだけで精一杯の状態に、改めてマーカーの能力の凄まじさを身体で感じることになった。
「クソあっちぃ・・・少しは手加減しろよ、この馬鹿!」
 火傷で赤く腫れあがった手にフーフーと息をふきかけ、腕を組んだまま冷たく自分を見据える彼に文句を言うと、無言で顎をしゃくり、そこを退けと促される。
 

 少し面倒なことになった、と内心溜息を吐きながら

 それでもそこを退く気は不思議とおこらなかった。


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