11/21 ヲルヘン(2)


…22:00 PM

「さて、明日も早いしそろそろ寝るかいウォルター」
 観たいテレビも特に無い事だし、とBGM代わりにつけていたテレビのスイッチを切り大きく伸びをしたヘンリーがソファに身体を預けている私に向かい手を差し伸べる。
 共に寝室に行こうというこの意思表示は彼からは珍しい『抱いてくれ』のサインだったりもするのだが、今夜は何時ものようにその手を取って立ち上がり熱い口付けを交わしながら寝室へ向かう事はせずに、
私は差し出された手首を強く掴みぐいっと自分の方へ思い切り引き寄せバランスを崩した彼の身体を腕の中の檻に閉じ込めた。
「わっ…?!」
「……何のつもりだ、ヘンリー・タウンゼント」
 耳元に口唇を寄せ朝からずっと感じていた違和感を言葉にすれば、それまで体勢を立て直そうと私の腕の中でもがいていたヘンリーがびくり、と背を震わせるのが解り憶測は確信へと変わった。
「苦しいよウォルター……」
「私が気付かないとでも思っていたのか?」
 顔から笑みを取り払い射抜くような瞳で彼の対の翠玉を覗き込めば、ヘンリーは観念したように眉を顰め私の視線から逃れようと叱られた子供のように項垂れる。
「朝私を起こしに来たのはヴィクティム21だろう?朝食を共にとったのはお前で、どこで入れ替わったのかは知らないが昼食はヴィクティム21。買い物に出た時は…恐らくお前、夕食の支度をしたのはヴィクティム21だったが
片付けの時にはまたヘンリー、お前に戻っていた。」
 私の言葉にヘンリーは驚いたように顔をあげて、私の予想が全て正解だった事を言葉よりも雄弁にその反応で示してくれた。
 彼が何を狙って自分と瓜二つのゴーストと共謀したのかは分からないが、兎に角今日一日彼らが代わる代わる私の前でヘンリー・タウンゼントとして過ごしていた事は間違いない。
「…驚いたな、どこで気付いたんだ…?彼の血の匂いは全て綺麗に消したと思っていたんだが」
「半年も一緒に居て気付かないと思うか、甘く見るな。寝惚けていてもお前のキスと他の人間のキスを間違える程愚かではない」
 トントン、と自分の額を人差し指で叩きながら自信たっぷりにそう言ってやればヘンリーは目を丸く見開いた後で言葉を失くし、そっぽを向いてしまった。
 瞬きの回数が異常に多いところをみると恐らく照れているのだろう、可愛らしい反応に思わず抱きしめたくなったが未だ今日一日の不可解な行動の理由を訊いていない。


「ヘンリー」
「……分かったよ、ごめん」
 いつもとはまるで逆だ。私が咎めるようにその名を呼べば、彼の口唇から気まずそうに、歯切れ悪く非を詫びる言葉が紡がれた。
「…別に悪意があって君を試そうとしたわけじゃない、最初はただ単に軽い悪戯のつもりだったけれども…」
「けれども?」
 羞恥からか目元を赤く染め、俯き加減にぼそぼそと呟いていたヘンリーがこちらを上目遣いに窺い形の良い口唇を尖らせる。
「気付かなかったら殴ってやろうかと思っていた」
「おい…」
「分かっているよ、自分勝手な事を言っているんだって事は」
 似合わない子供のような戯れを仕掛けた事に対して恥じているのか頬を膨らませ消え入りそうな声でそう呟くヘンリーは私が初めて見る表情を浮かべていて、その余りの可愛らしさに真顔を保つのも限界を迎え
いつのまにかついつい頬が緩んでしまっていたらしい。
 ソファの上で縺れながら啄ばむようなキスを仕掛けると愛らしい顔を更に赤く染めるのだから堪らない。
 その顔を見ているだけで先程まで心に澱んでいたマイナスの感情も空気に溶け込むように綺麗さっぱり消え失せてしまうのだから私も相当単純なものだ。
「笑わないでくれよ」
「いや、すまない。…しかしお前のそんな顔が見られるのならば、たまには担がれるのも良いかもしれないな。そうだ、次は私が仕掛けてみるか?」
「冗談言わないでくれ、あの薄気味悪い死体でも引っ張り出してくる気かい……?分かるに決まってるだろ、今はこんなに皺が増えてるんだから」
 白い指先がすうと眼前に伸ばされて、彼の綺麗な形に整えられた爪の先で己の眉の上あたりを緩々と擽られる感触に思わず身を竦めてしまった。
 腰にしっかりと廻された私の腕に暫くは居心地悪そうに身を捩っていたヘンリーも、観念したのか今はまたたびを与えられた猫のようにすっかり大人しく身を任せてくれている。

「これからもっと増えるぞ、おそらく」
 額に刻まれた皺を揄うように指先で何度もなぞる彼にそう言って笑いかければ、不思議そうな顔をして見詰められてしまった。
「まだそんな歳でもないだろ?ウォル…」
「ヘンリー、お前が私をいつも笑顔にさせるせいだ、だから共に生きてこうして皺を増やしていくのも悪い気分ではない」
 なあ?そう言ってまた顔をくしゃくしゃにして笑う私に、彼は一瞬目を丸くした後口籠って深く俯き「うぅ〜…」と。
 なんとも悔しげな唸り声をあげていた。

end


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