STAY TUNED ヲルヘン(1)


 この大不況時代、頑張れば頑張る程に不採用通知が溜まるばかりで就職活動が其れ即ち履歴書を書いては無駄に消費するだけの不毛な無限ループに思えてきたある日。
 私はとある大企業の面接を受ける為、大きなビルの正面に立ち要項を纏めた書類片手に面接会場に指定された遥か上階を見上げ阿呆のようにぽかんと口を開けていた。
 これは…成る程、噂にはきいていたが一流企業となると流石に圧倒されるな。
 有名大学を卒業した優秀な人材でもなかなか入社する事は難しいと言われるこの会社に、中途でしかもある程度年齢的にギリギリの自分が採用されるとは到底思えなかったが面接を受けるだけでも、まぁ何かの記念にはなるだろうと思い最初から期待せずに来た訳だが…やはり己には場違いすぎる雰囲気にどうしても萎縮してしまう。

 今住んでいる地方の小さな都市からは電車を何本も乗り継いでやっと辿り付くような華やかな大都会の中心地、此処に迷わず来る事だって一苦労だったのだ。
 このまま正面玄関だけ拝んで退散しようかな…と気弱な事も一瞬考えたがやはり貴重な時間を使って自分のような者を面接してくれる担当職員の事を考えると申し訳なく思い、帰りたい気持ちをぐっと堪えて超一流ホテルのロビーのような
エントランスに震える足を踏み入れた。
 それに、してもだ。
「…何故に時間指定が深夜の0時なんだろう」
 勿論、こんな時間に私の他に人など見当たらない。
 先程外観を見上げた時に上階の幾つかの窓には明かりが点っていたところをみると、残業している部署はあるようだが面接に訪れているような外部の人間は私以外には誰もいないようだ。
 何だか泥棒になったような気分でいそいそとエレベーターに乗り込み、ポストに投函されていた赤いハガキに印字された階数のボタンを押した。



『ヘンリー・タウンゼントさんですね、ようこそ。担当の……です、それでは早速面接に入らせて頂きますが、まず…』
「ええ、はい、趣味は写真を少々。ええ、身体は…そうですね、割と丈夫な方だと思います。滅多に病気もしませんし……え?銃撃に耐えられるか…ってそれは流石に撃たれた事がないのでなんとも…あ、でもええと、が、頑張ります…ええ」
(私は一体何を言っているのだ…)
 初っ端から余りにも普通の企業の面接では考えられないような事ばかり聞かれ、面食らいながらも歯切れ悪く答える私に高級そうなスーツを着こなした歳若い担当者は穏やかな笑みを絶やさず次々と質問をぶつけてくる。
 いや、問われるというよりは既に私に与えられる事が決まっている仕事を一つ一つ最終確認されているような…そんな感覚に陥ってくる。
「動物は…?あまり懐かれるタイプではないので…あ、いえ私としては嫌いではないのですが。……チェ、チェーンソーですか?!そ、そうですね、使った事は無いですがもしこちらで働く上でそれが必要な技術であれば出来る限り身につけられるよう…努力…します…が」
(本格的に頭が痛くなってきた…)


『それでは最後の質問ですが、タウンゼントさん。急な失踪…いえ失礼出張で、貴方が数日間こちらが指定する場所で外部との接触を一切断って働いて頂く事になった場合、あなたを心配して探すような人間は御家族以外にいらっしゃいますか?』
「あ…いえ、その、未婚ですし…友達も少ないので、多分、いないかと…」
(もしかしたら私はとんでもないブラック企業に足を踏み入れようとしているのではないだろうか)
 いつのまにか、俯き加減でぼそぼそ呟く、という普通の面接では100%落とされるような状態になってしまっていたがこの難解極まりない質問の嵐の前では仕方のない事だろう。
 やはりこの酔狂な面接は、激務に疲れた社員が上に内緒で仕組んだ悪戯か何かで、私はその悪ふざけにまんまと引っ掛かってしまった憐れなテンジクネズミなのだろう、そうとしか思えない。
 ああもう兎に角帰りたい…帰ってまた来週面接に赴く予定の地元中小企業に必要な資料を揃える作業をしなければ。
『何かご質問などは?』
「ええと…、頂いた求人要項に交通費の項目が無かった件は…」
 異様な雰囲気にすっかり呑まれてしまいどもりながら訊ねる私に担当の男は人当たりの良い笑顔を崩さないまま、言った。

『自宅勤務ですから特に必要無いかと』



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