sick ヲルヘン(2)


「疲れが溜まっ……」
 原因は単に疲労だという事にして私を安心させようとしたのかもしれないが、それは生憎逆効果に終わった。
 途中でゲホ、と大きく上体を折って咳込んだ後、不意に何かに気付いたようにヘンリーは潤んだ瞳を驚愕に見開きそして幾度か金魚のように口をパクパクさせた末に、両手で喉を押さえ唖然とした表情の儘硬直してしまった。
 其処から先は幾ら辛抱強く待っても、続く言葉を紡いではくれなかったので私は恐る恐る彼に向かい口を開く。
「ヘンリー…?まさか、…声も?」
 ごくり、と唾液を呑み込み訊ねた私の問いかけに、顔面蒼白の彼がぜひ、ぜひと息を吐く事でそれを肯定した。
 死体のような体温、意識の混濁、そして奪われた声。こうなると完全にただの風邪だろうで片付けられる病状ではなくなってしまった。
 一刻も早く大きな病院の医者に診せるべきなのだろうが、もし難病だと診断され彼が隔離されてしまったら私はこれから先、独りきりでどう生きていけば良いのだろうか。
 悪い方へ悪い方へ、螺旋を描きながら闇に沈んでいこうとする負の思考に侵され眩暈を起こした時のように頭を抱える私の肘を冷たい指先がちょいちょいとつつき、ヘンリーはベッドサイドのメモ用紙を千切ったものをそっと手渡してきた。
『大丈夫、明日治らなかったらちゃんと病院にいくから 今日は様子をみる事にするよ:)』
 メモの最後に描かれた下手糞なスマイルマークに思わず泣きそうに笑顔を歪めてしまった。
 身体を正体不明の病に蝕まれ本当ならば指一本動かすのも辛いだろうに、何よりも当人が一番不安ではち切れそうだろうに、私を心配させまいとそういった事をする。
「…下手だな、相変わらず」
 ツンとする鼻の奥を誤魔化しながら苦笑する私にヘンリーも困ったような笑顔を浮かべ、肩を竦めてもぞもぞと大人しく寝台の真ん中に自分の身体を収め直した。
 症状は風邪や腹痛とは全く違うようだが一応市販の鎮痛薬でも飲ませてやった方が良いのだろうか。
 きつく瞳を閉じてベッドに横たわるヘンリーの傍からそっと立ち上がる。離れ難い気持ちを堪え子供ではないのだから、と自分に言い聞かせ私は私に出来る事を探す為、後ろ髪を引かれる思いで寝室を後にした。




「さて…先ずはどうするか」
 休日だから取り敢えずヘンリーの仕事の事は考えなくても済む、兎にも角にも辛そうな痛みを和らげてやるのが先だろうと洗面所の収納棚から鎮痛薬を失敬してふむ、と片眉を上げる。
 小さな文字がびっしりと印字されたラベルによると、何か腹に入れてからでなければこれを飲ませる事は出来ないらしい。
 少しばかり考えて私は2年間分の記憶を総浚いし、頻度から推測するにヘンリーが恐らく好んでいる、と思われる物。尚且つ初めて挑戦する私にも何とかなりそうな単純なメニューを選び出しキッチン脇のテーブルに有るメモ用紙にペンを走らせた。
 それから着替え、氷枕…は、必要なさそうだ。
 思い付く儘に書き綴る文字をぼんやりと眺めながら、お前がいないとこんなにもこの部屋は寂しそうに見えるものなのか…とヘンリーの姿が欠けただけで何時もと変わって見える風景に深い深い溜息を吐いた。


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