Prize ヲルヘン(1)


※以下の文章には、ヲルヘンの他にプラトニックなシンシア×アイリーンがあります
 他のSH4小説でのシンシア・アイリーンとは完全な別物です。
 暗さの欠片もありません。苦手な属性のある方はどうぞここでおひき返し下さいm(__)m









『同じ場所での同じ日常の筈なのに、ひとりが、ふたりになるだけで目に映る全てのものが違ってみえるの』
 そう言ってにっこりと笑うアイリーンが淹れてくれたコーヒーを黙って啜りながら、私は「はぁ」ととても気の抜けた声で相槌をうった。

 平凡な日常を悪夢に食い荒らされたあの厄介な事件の後で、「ねえヘンリー、たまには一緒にお茶でもどう?」とアイリーンに招かれ足を踏み入れた隣の部屋では、予想もしていなかったもう一人の人物が私を出迎えてくれた。
 明るい色のワンピースに身を包み初夏の日差しを思わせるようなきらきらとした笑顔を見せるアイリーンの隣で、客人である私には目もくれずそんな彼女をうっとりと慈しむように眺めている「それ」は自分も良く知る女性だった。
「そうね、子猫ちゃん。私も漸く本当の幸せを手に入れた気分だわ…」
 大きな胸と、きゅっと締まった腰を悩ましげにくねらせながらアイリーンの手に自分の華奢な指を絡めているその人物は異世界の地下鉄で私と行動を共にした彼女のような気がする……が、しかしあの時と違い
水揚げされた昆布の如く長々と引き摺り回している髪は3メートルを楽に超し、綺麗に整えられていた化粧も今はその長い髪に覆われこちらからは裂けた口以外見えないのだからもしかしたら人違いという可能性もある。
 茶を給仕するアイリーンの後ろをふわり、ふわりと宙に浮きながら楽しげについて回る彼女におそるおそる「…シンシア?」と声をかけると、彼女は呆れたようにこちらを振り返って
「こんな美女を忘れちゃうなんて信じられないわ!本当に鈍いのねあなたって」と、嫌味をぶつける事で私の疑問を肯定してくれた。怖い、超至近距離で直視されると物凄く怖い。

「幸せ、か。私も女の子同士でルームシェアするのなんて初めてだからとっても楽しいわ」
 焼きあがったばかりのクッキーを皿に並べながら花が綻ぶように微笑んでみせたアイリーンの言葉に、シンシアが「ああ!」と胸の前で組んだ両腕を歓喜に打ち震わせ見えないハートを撒き散らしながら陶酔しきっている。
 ウォルターにも同じ事が言えるのかもしれないが、人間、一旦ゴーストになってしまうと生前の色々な箍が外れてしまうのだろうか…。
 すっかり冷めてしまった残りのコーヒーを飲み干し、目の前で繰り広げられている美女同士のじゃれあいに思い切り疎外感を感じながら私はこっそりと溜息を吐いた。


 順を追って話を聞いてみるとアイリーンは全てが終わった後、傷ついた身体を引き摺り態々異世界の地下鉄まで戻ってシンシアを捜し、道中私が穿った帰服の剣を苦しむ彼女の身体から引き抜いてやったらしい。
 若い女性同士ということもあり、先を急ぐ為とはいえ車に轢かれた蛙のような酷い格好で自由を奪ってしまった彼女をずっと気の毒に思っていたからだという。
 そんな優しいアイリーンに、ゴーストとなり帰る場所を無くしたシンシアは好意を抱き当然のように憑いてきてしまい……奇妙な同居状態の今に至るというわけらしい。
 成る程、納得はいったがこれでは私だけが悪者ではないか…どうりで、先程からシンシアが私にだけシュガーを勧めてくれなかったりジャムの代わりにトマトケチャップを手渡されたりするわけだ。
「しかしルームシェアといっても管理人さんはこの事は知って…」
「あら、それをあなたが言うの?」
 ゴーストに憑かれているこの状態をあくまでもルームシェアなのよとにこやかに説明するアイリーンは、恐らく今がどれだけ異常な状態かも分かっていないしルームメイトから注がれている熱烈な求愛アピールにも気付いていないのだろう。
「2年前からこっそり同棲していた人に言われたくないわよねえ」
「ね〜」
 シンシアの嫌味にアイリーンが良く分かっていない顔でにこにこと同意している。
 そ、そこで頷かないでくれ、こちらだって好きで部屋を勝手に分割されていたわけではないのだ。

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