▲Flower ヲルヘン(1)


 『枯れない花をどれだけ集めたところで、朝露に濡れひっそりと咲いて散る花の美しさを理解する事は出来ないよ。』

 教団にいた頃は昼夜を忘れて儀式に関する資料を読み漁っていた。
 その日も深夜と呼べる時間をとうに過ぎても書物の山から離れようとしなかった私に、憐れむような目を向けてそう言った老人の言葉を不意に思い出した。
 花…?読書机の上に置かれた青磁の花瓶に犇めいているこれらの事を仰っているのですか?と訊ねると彼は何も言わずに踵を返し私の前から去って行った。
 人の手で摘み取られ、朽ちる事なく最も美しい瞬間を留められた名前も知らない色鮮やかな死骸の群はどこか私の心を安心させてくれた。だから、好きでもなかったが嫌いでもなかった。
 カタチが刻々と変わりいついなくなってしまうか分からないような不確かなものよりも、永遠を約束してくれる死骸の方がいい、明日もまた変わらない同じ姿で、この場所で私に微笑みかけてくれる。
 決して裏切らない、だから、いい。
  

 塞いだ口唇の隙間から透明な唾液と共にくちゅ、と濡れた音が零れ落ちた。
 私の下で身を捩り顔を背けて精一杯の抵抗を示すヘンリーの、瞼に、頬に、口唇に啄ばむような接吻を繰り返し落としていく。
 無理矢理に高められ身体を内からじわじわと灼いていく熱を持て余し、苦しげに息を吐くヘンリーのギュッと閉じられた瞳を覗きこむと、愛おしさに限りなく似た残酷な気持ちが私の中で頭を擡げていくのが分かった。
 身の内で燻っているものを言葉よりも饒舌に伝えてくる緋色に染まった頬を両手で優しく包み込んでやると、睫毛を揺らしながらおそるおそるといった様子でヘンリーの瞳が開かれていく。
 こちらを睨み付けるように開かれた瞳の奥で揺れる僅かな怯えの色。
 徹底して拒絶を貫きながらも次に何をされるのか分からない事への不安、途惑いが伝わってくるようなその様に私は瞳を細めそう怖がるなと囁いてやった。
 自分の中にある全く理解の出来ない感情が、己を恐れるヘンリーに不快感を覚えていたのだが今はそんな下らない情に捕らわれている時間はない。
 未だ儀式が完成していない不安定なこの世界では彼の自由を制限する楔の効き目はそう長くは続かないのだ。
 もう一度深くヘンリーの濡れた口唇を貪りながら、私は無意識のうちに「怖がらないでくれ」と縋るような声でそう呟いていた。

 二人分の体重を受け止めると、流石に病室の錆付いた寝台はギシリと古めかしい悲鳴を上げて軋んだ。
 死体の血に塗れた指先でヘンリーの纏っているシャツを性急に剥ぎ取り、寝台の下へと無造作に落としていく。
 バサリと音をたてて薄汚れたリノリウムの床に落とされた白いシャツを暫くは横目で放心したように見詰めていたヘンリーだったが、覆い被さる私にゆっくり視線を戻して口唇だけをいびつに歪めてみせた。
 彼は恐らく笑ったのだろう、と思う。
 私の事を滑稽だと笑ったのだろう、身体はこうして汚せても精神には指一本触ることが出来ない事など、私だってよく分かっている、……お前が生きているうちは。
 こんな行為で何が得たいんだい?と自分を凌辱しようとしている殺人鬼に対して哀れみの視線を向ける彼に、心臓が抉り取られて目の前で潰されるような酷い息苦しさを感じた。

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