holiday ヲルヘン(3)


 暫くは平坦な街中を通った後そのまま郊外に抜けるルートをとると、ジリジリと容赦なく照り付ける太陽の下、道の両脇の木々が色濃く影を落とす長い長い上り坂にさしかかった。
 流石にこれは彼にも辛いらしく、ハァハァと荒い息を吐きながら奮闘するウォルターの背に身体を預けたままで、先程と比べればガクンと落ちたスピードを軽く茶化してやると「いい気なものだ」と覇気のない返答が返ってくる。
 そうは言っても私に手伝うすべなどないし、運転を代わろうにも行き先がわからないのだからそれも不可能な話なのだ。
「いい加減白状したらどうだいウォルター、何処へ私を連れていくつもりだい?」
 青い空をすべるように翔ける白い翼を眺めながら問えば、上がり切った息の中ウォルターは苦しそうに笑った。
「ここまで来たら分かるだろう、湖だ」
 また随分と漠然とした…呆れたように湖?と反復すれば「もうすぐだ」とまるで上り坂相手に孤軍奮闘する自分自身を励ますような調子でウォルターが力強く繰り返した。
 そういえば暫く前にテレビを観ながら海に行ってみたい、と言っていた事があったかもしれない、そう易々といける場所ではない為最も近そうな湖で妥協したのか。
 間もなくして坂道をやっとの思いで登り切った私達を迎えてくれたのは、どこまでも続く緑の絨毯と生命の力強さを感じさせる青々とした木々の群。涼しい風に火照った身体を冷やされるその一瞬の心地よさに思わず表情が緩んだ。
 汗ばんだ身体にはこの上なく有難いプレゼントではないか。
 身体の傾きが変わり、待ち侘びた湖畔へと続く長い長い下り道。一陣の爽やかな風が悪戯に私とウォルターの髪を擽り、すれ違いざまに優しい口付けを降らせながら通り過ぎて行った。
「ヘンリー、ここを下ったら到着だ」
 先程の螺子が止まりかけた自動人形のようなペースから一転、再び快調に走りだした自転車により強い加速をつける為せっせと軋むペダルを踏み込みながらウォルターが声を弾ませる。
「君は随分とタフなんだな…」
 額に滲む汗を拭いながらまだまだスタミナの尽きない様子のウォルターに感嘆の声をあげる。しかしその後すぐ「あ」と小さな声で呟き彼は急に口を噤んでしまった。
 嬉しげな様子が一転どうしたことか?と訝しく思い身体を傾け、横顔を覗き込めばウォルターは引き攣った笑顔のまま凍り付いている。


「どうかしたのかい?」
 こがなくてもどんどんスピードが上がっていく坂道の先は緩いカーブを描いている。
 ガードレールの向こう側に広がる湖面が光を反射してキラキラと輝く様が見えているのかいないのか、相も変わらず硬直したままのウォルターをちょいちょいと突付いて返答を待った。



「……あのな、ヘンリー」
 私は落し物をしてきてしまったようだ。
 親に叱られることを覚悟して、自分が仕出かした悪事を告白する幼子のように紡がれたその言葉の意味が分からず、何をだい?と聞き返せば恐るべき答えが返ってきた。
「右のブレーキ」
 確かに途中まではあったのだが、…と生気の抜けた声で呟くウォルターの手元を慌てて覗き込めば、確かにそこにある筈の物が見事に欠けていた。
 乾いた声で笑うウォルターの背にしがみ付き残された左側のブレーキを彼の手の上から握り込むようにグッと力を籠めれば
 からん
 と、乾いた音をたててそれは熱せられたアスファルトの上に落ちて転がり、猛スピードで坂を下る自転車から切り離されたちっぽけな存在はあっさりと視界から消えていった。

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