holiday ヲルヘン(2)


「…これは……」
 いそいそと先に部屋を出たウォルターが門の所で薄汚れた自転車のチェーンを点検している姿には、流石の私も目が点になりぽかんと口をあけたまま暫く固まってしまった。
 どうみても最新式とは言い難い、パッと見ただけでもかなりの年期が入っていることを窺わせるそれを愛しげに撫で回すウォルターは、私の質問にも答えを返さず注した機械油でベトベトになった両手を自分のシャツの腹に擦り付けおざなりに拭っている。
 ああ…油汚れはなかなか洗濯しても落ちてくれないというのに、君という奴は…。いや今はそういう問題ではなくて。
「点検終了だ。待たせたなヘンリー、さあ、後ろに乗っていいぞ」
「いや…いやいや。そういう事じゃなくて 大体どこから持ってきたんだいこれ」
 大きな溜息をつき肩を落とす私に不思議そうな顔を向けるウォルターは、はやく乗れと先に跨った自転車の荷台部分をポンポンと手で叩き急かしている。
「心配しなくても私の運転はそう荒くはないぞ?」
 昨日ヘンリーが仕事に出かけている間、街中を探しまわって調達してきたのだと胸を張るところをみると、どうやらこの自転車の出所は良くて駅前の放置品悪くてゴミ捨て場なのだろう。
 あちこちに錆を浮かせ、普通に立たせているだけでタイヤがプイ、とそっぽを向くように明後日の方向に傾いてしまっているのだからマトモに動くかどうかすら怪しい代物だ。
 こんなものをわざわざ拾ってきて一体何処へ行こうというのだろうか、しかし埒の明かない問答にもいい加減疲れ果てた今、こうなればなるようになれと腹を括った方が良いのかもしれない。
 出発進行だと妙に明るい声で宣言するウォルターの腰に申し訳程度に腕を廻し、ガタンと揺れる自転車の振動に身を任せ吹き抜ける風が前髪を持ち上げふわりと遊ばせた後で通り抜けていく感覚に薄らと瞳を細めた。
 アパートを出発してすぐの、カーブを描く緩やかな下り坂を軽快に自転車は滑り降りていく。


 時折ギシギシと何処かの部品が軋む音が聞こえてくる以外、私の予想に反してその自転車は成人男性二人分の体重を一身に受けながら健気にも順調に動いてくれた。
 話を聞くと今流行のモデルよりもそれこそ何十年も前に発売された自転車の方が、頑強さを重視されていた為デザイン的にはあまりスマートとはいえないが壊れづらいのだそうだ。
「…それにしてもこの暑さは我慢のしようがないな」
「何だ?よく聞こえないぞヘンリー」
「いや…君は頼むから前だけに集中していてくれ!」
 ウォルターがこちらに意識を傾けた途端蛇行をはじめた自転車に慌てふためき、必死でバランスを取りながら叫ぶ私に彼は声をあげて笑いすまないと片手を掲げてみせた。
 抜けるように高い空から降りそそぐ金色の日差しが、細いタイヤの下に濃い影を落としては一瞬の間に消し去っていく。
 カメラを持ってくればよかったかな、と、汗ばむウォルターの背を抱き締めながら少しだけ後悔をした。


「…煉瓦造りの屋根だよウォルター、珍しいな」
 流れる景色を眺めながら自然と心に浮かんだことをぽつり、ぽつりと呟けば、ウォルターも己の視線を追い綺麗だな、と穏やかな笑顔を見せる。
 通りを歩く人々が時折物珍しそうにこちらを眺め、微笑を浮かべる光景にも気恥ずかしさは不思議と感じなかった。
「見ろ、ヘンリー花屋だ」
「…私は花の名前は詳しくないよ」
「私も片手で足りるぐらいしか思い浮かばないぞ」
 一緒だな、と笑うウォルターの後頭部を、それは少なすぎやしないかいと小突く私の口元にも知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。
 どうやら自分もいい加減全身の血液が沸き立つようなこの熱気にあてられてしまったのかもしれない、目に映る全てのものが眩く光り輝いて見えるなんて最後に経験したのは10代の頃だっただろうか。

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