holiday ヲルヘン(1)


 茹だるような暑さ、という表現でもまだ生暖かいと感じられる夏の日の朝。
 窓の向こうからはジジジジジ、と夏を待ち侘びた素数蝉の集団による耳を劈くような大合唱が聞こえてくる。
 これほど早い時間でこの絡みつくような熱気、ならば日中は恐らく一切の行動意欲を失わせるようなものになるだろうな、と内心うんざりしながら白い天井を見上げる私の視界に、チラリチラリと映っては消える
太陽の光をそのまま内に溶かし込んだような金糸をぼんやり眺めていた。
 己はヒトの膝の上で愛嬌を武器に餌にありつく愛玩動物ではない、…が、やはりこう幾度も視界に映しだされては消え、フワリと揺れるものを眼前でちらつかされれば嫌でもそちらに意識は引き寄せられてしまう。
 天使のような、と比喩すればきっとこの髪の持ち主は面白い冗談だなと屈託のない顔で笑うだろうか。
 髪の先から足の裏まで血に塗れきった天使が一体何処の世界に存在するんだ、と。

「…いだだだ、乱暴だぞヘンリー」
 物思いに耽りながら、何時の間にか自分の指は視界で揺れていた金糸の束を無意識に絡め取り、手繰り寄せてしまっていたらしい。
 悲痛な声に現実に引き戻されれば、息のかかる距離にあるのは先ほどまでの陽の光ではなく、困ったような顔で眉尻を下げる元連続殺人鬼。…現在のポジションは同居人といったところか。
「急に引っ張られると結構痛いものなんだぞ」
 そこまで力は篭めていなかった筈だが…と眉間に皺を寄せたが非は私にある為、素直にごめんと謝り顔に被さる金髪から手を放し、入れ替わりに降ってきた口唇を瞳を閉じて従順に受け入れた。
 湿った音を立てて口唇を重ね、隙間から零れる互いの唾液を啜りながら内臓の末端同士を直接絡めあう淫らな挨拶に頭がくらくらしてくる。
 既に幾度交わしたか分からないような彼との口付けも、今日は流石に早々に息が詰まってしまいもうギブアップだと両手を顔の横に掲げて白旗をあげた。
 この状態で更に体温まで悪戯に上昇させたりなどしたら、冷房設備などないこの部屋がそのまま乾涸びた私の棺桶になってしまう。

 吐き気をもよおす程の熱気がよく平気なものだな、と、覆い被さってくるウォルターに呆れたように呟くと彼はどうにもならないことは受け入れるしかないだろうと妙に達観した事を言った。
 子供の頃から劣悪な環境の中、只管生きる為に『賢く』なり続けた彼らしい考え方だと溜息を吐いたがそういうウォルターの額からも透明な滴が時折伝い落ちているところをみると暑さを全く感じていないというわけでもなさそうだ。
 兎にも角にも、ただじっとしているだけでも汗が滲み出てくるようなこの状態をどうにかしなければならない。
 経済的な問題で冷房設備を新規購入する事は選択肢から外さざるをえないから、やや消極的だが日が暮れるまで暑さを遣り過ごせる場所へ退避するのが妥当な解決策と言えるだろう。
 図書館か、ショッピングモールか、長居出来るカフェはこのあたりにならば確か…。

「ヘンリー、今日は私につきあってくれないか」
 しかし、額をあわせたままのウォルターが囁いた予想外の言葉に私は目をぱちぱちと瞬かせた。
 基本的に部屋の外に出たがらない彼をあれこれ理由をつけて連れ出すのはいつも私の方なのに、今日は一体どうしたことか。
「どこか行きたい所があるなら私が車を出すけれども…」
 しかし、これには首を横に振るのだからほとほと困ってしまった。
 この炎天下の下徒歩で一体どこへ行こうというのだろうか…下手すれば熱中症で倒れるぞ?、と言ってもウォルターは曖昧に笑うだけで要領を得ず、仕方なく滅多にない彼からの誘いに半ば引き摺られるようにして私は外出の準備をすることになった。 


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