▲黄泉戸喫 ヲルヘン(1)


 其れの幕引きは驚く程呆気ない一瞬の出来事だったような気がする。
 今までの道程で幾度も窮地を救ってくれた拳銃は結局あまり役には立ってくれなかった。
 血腥く息苦しいその亜空間に幾重にも反響していた悪魔の福音は例の厄介な頭痛を引き摺りだし、私から冷静な思考と的確な間合いを取る判断力を簡単に奪い取ってしまったからだ。
 命の灯がもうすぐ尽きるのだというのに冷静にそんな事を考えられる自分が不思議と可笑しかった。

 結局暗愚な私は愛情と同情の区別すらつけられず、彼の本当の気持ちなど最後まで何一つ分かってやれなかったのだろう。
 躊躇いが引鉄を引く事を邪魔して、あれ程執拗に命を狙われた彼に何かを期待し続けたツケがこのざまか、と喉の奥から込み上げる衝動の儘にくつくつと小さく笑ったが切れた口唇の端が痛み、片目を瞑り眉間に皺を寄せた。
「ヘンリー、どうした。何が可笑しい?」
 仰向けに倒れた私に圧し掛かりながら不思議そうな顔で首を傾げるウォルターの白い頬は真っ赤な鮮血でべっとりと塗れていた。
 血に塗れているだけでなく、斬り付けた時に深く抉ったそこは皮膚が捩れ内側の肉を痛々しく露出させていた。
 それにもかかわらず彼自身は痛みなどまるで感じないといった様子でけろりとしているのだから背筋が寒くなる。
 同じ場所をもう少し切ってやれば歯や顎の骨が覗くのだろうけれども、実際そうなっても彼は意に介さず無邪気な子供の顔で捕まれば死ぬ以外選択肢がない追い掛けっこに興じ続けるのだろう。

「もう終わりか?」

 ぜひぜひと荒い呼吸を繰り返すばかりで、四肢はぴくりとも動かない私の腹の上に座り込んだウォルターは遊びの続きをせがむようにそう言うが、残念ながらもうこの身体では立ち上がる事は不可能だろう。期待には添えられない。
 アイリーンが溶けるように自ら姿を消した血溜まりにすうと視線だけを寄越し、小さな溜息を吐いて私は自嘲した。
 もう守るべき存在もない、さっきまで全身の血が沸騰したかのように何処も彼処も熱かったのに、今はこんなにも冷たい。
 流れ失った血液が身体の奥で燻っていた熱も一緒に連れて行ってしまったようで…ならば今の私はきっと抜け殻と同じなのだろう。後は彼の手の内で握り潰されて粉々に砕けるだけ。
 無邪気な子供が捕まえた蜻蛉の薄翅を毟って細い足を引き抜くように、付け根から折られた腕がやけに重く感じられた。

「痛かったか?すまない」
 肩を気にしている私の視線に気がついたのか、圧し折った張本人が首を傾げ悪びれも無くそんなことを言うのだからまた乾いた笑いが込み上げてきてしまった。

「痛いよ」
 痛かったよ。
 本当は既に痛みなんて分からないのだが口元に笑みを浮かべたまま溜息混じりにそう言った私に、ウォルターはもう少しの辛抱だと瞳を細めて優しく囁いた。

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