teddy bear ヲルヘン(3)


嗚呼、先程からずっと脳裏にちらついていたものはアレか。

 某夢の国を代表するキャラクターの一つといえる、世界中に愛されている黄金色の身体に紅いシャツを纏ったクマの縫いぐるみ。
 poohという可愛らしい名前をもった人畜無害なテディベアと違い、色合いと格好こそは同じだが今私を組み敷いているこの半裸の男はブラウンベアよりも逞しくグリズリーよりも好奇心旺盛で尚且つ気性が荒い。
 …なんとも最悪な気分だ。
 幼い頃に読んだ絵本の表紙ではクリストファー・ロビンも今の私と丁度同じような格好で腹の上にpoohを乗せて微笑んでいたな、など悠長に考えてはいるが実際、ウォルターの太股でがっしりと脇腹を押さえ込まれているこの体勢自力での脱出は限りなく難しいことは充分よく分かっている。

 さて、どうしたものかと途方に暮れる私にウォルターがグッと顔を近付けて、頬を目一杯膨らませながら子供のように睨みつけてきた。
「心配したん、だからな。薄情なヘンリー・タウンゼント」
 呂律はまわっていないが漸く彼と会話らしい会話が出来たことに一先ず息を吐いて、まずは真っ先にこれを言わなければと考えていた言葉を紡いだ。
「ごめん、私が悪かったよウォルター」
 連絡も無しにすまなかったと素直に非を詫びる私にウォルターは瞳を伏せ、不貞腐れた幼子のように口唇を尖らせる。
「置いていかれたかとおもった」
「私が?君を?どうして」
「どうして、て、それは…それはだな」

 そんなこと、こちらが聞きたい。そう小さく呟いて項垂れてしまったウォルターはアルコールに夢と現の境界を崩されている今、私と話しながら恐らく私ではない、別の人物にそれを問いかけているのかもしれない。
 普段とは全く違う弱々しい声に、胸がきりきりと締め付けられるような痛みを覚えた。

「ごめんよ、ウォルター」
 腹に乗られながらの不自由な体勢では彼の身体を抱き締めることも一苦労だったが、下から両腕を伸ばす私に彼は素直に身を添わせてくれた。
 仰向けのまま大きな身体を抱き締め、広い背をぐずる赤子を宥めるようにポンポンと優しく叩いていると暫くの沈黙の後、赤い顔をしたままのウォルターは気まずそうに私から顔を背けて「すまなかった」と一言だけ蚊の鳴くような声で呟きを落とした。
「ヘンリーが仕事で忙しいのは分かっているんだ、早く帰ってきてほしいなど私の我儘でしかないということも…」
 ヘンリーの事を信じる気持ちが、それでも時間と共にじわじわと精神を侵食してくる嫌な疑念に食い荒らされないよう普段は飲まない酒に手をつけたのだと告白するウォルターにうん、うん、と頷きながら彼の髪を丁寧に指で梳く。
 シャツを拝借したのも私の匂いに包まれることで不安な気持ちを消してしまいたかったのだ、と言われてしまえばどうして小言などいえようか。
 服を選択するセンスには幾分疑問を感じるが、一途にこう慕われてしまうと私の心の中も、彼に対する愛しさだけで溢れ返ってしまい他の感情など全て押し流されてしまうのだからどうしようもない。
 湧き上がる感情のままに彼の身体を強く抱き締め直した。
 私がどれだけウォルターの事を愛しているか、そして絶対に君を置いてどこかへ行ったりなどしないのだという事を言葉よりも饒舌に深い口付けを交わすことで示そう、…そのつもりだった。

「うっ…ぷ…」
 もう数ミリで口唇が重なるというところで、ウォルターの顔が血の気を失い膨らんだ口元を慌てて押さえる。
 喉奥から込み上げるものを必死で我慢しようとするその様子に、私は横目でソファの足元に倒れたワイン瓶を見遣り、嗚呼、飲み慣れていないものを一気に呷ればこうなるのも必然だなと妙に諦め良くそんなことを考えていた。
 この姿勢では己の身が被害を被るのも必至、しかし元々は私が悪いのだからこれも罰の一つとして潔く受け入れるとしようか。
何、汚れたならば一緒に仲直りを兼ねて風呂で背でも流しあえば良い。
 今から一呼吸後に起こるであろう惨事に苦笑いしながら、私は臆病で誰よりも純粋な私の愛するテディべアを抱き締めるのだった。





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