▲第二夜 ヲルヘン(4)


「二度としない、…約束してくれるね?」
「ああ。私が我儘だった。本当にすまなかったヘンリー」
 念を押すように言われた言葉に素直に己の過ちを認め、叱られた犬のように俯いた私の肩口に不意にこつん、と何かがあたる。
 さらさらとした感触が首筋を撫でる感覚に頭の中は疑問符でいっぱいになり、それが寝台に並んで腰かけているヘンリーの頭だということに気付くまで随分の時間を要した。
 だってつい今しがた、彼に絶交されても仕方がないようなことをしてしまったばかりなのだ、これは一体どういうことなのか分からず硬直したまま目を丸くする己にヘンリーは憤慨し拗ねたような声で囁きを落とした。

「あんまり無茶なことしないでくれ、私は心臓が止まるかとおもったぞ」
 化け物を嗾けられた事に対してだろうか、とはじめは思ったが、彼の手が依然として私の両手に当てられている所を見るとどうやらヘンリーの心臓にダメージを与えたのは私が手を怪我したことが原因だと分かり、ますます頭は混乱していく。
「な…何故だヘンリー。怒ってるだろう?私を」
「ああ、怒っているさ。でもその分こうして君は罰を受けた訳だし、今夜の事は無かったことにするよ。…それに」

 私も悪かった事だし、そう続けられたヘンリーの言葉に今度は私が驚き大声をあげた。

「何を言ってるんだ、私が勝手に焦れて勝手に起こした愚行にどうしてヘンリーが詫びる必要があるんだ」
 それまで私の肩口に凭れるように頭を預け、下を向いたままくぐもった声で喋っていたヘンリーが私が見守る中ゆっくりと顔をあげた。
 今まで経験したことのないような距離に、表面上は平静を装いながらも私の心臓は早鐘のように激しく打ち鳴らされていた。
「なぁウォルター、私はいつも朝、窓の外を眺めているだろう?」
「あ、あぁ…?」
 ヘンリーがぼんやり窓の外を眺めている時間、それはつまりこちらに背を向けた彼の足元から伸びた影に私がこっそり口付けを落とせる大事な時間。秘め事をいきなりもち出されて、思わず返答が上擦ってしまった。
「その時の私の一番近くにあるものって何だと思う?」
 彼の問いに、へ、と一瞬間の抜けた声を出してからある物の存在を思い出して一気に血の気がひいた。
「…窓硝子、何枚も隣に並んでたらそりゃ幾ら鈍い私でも分かるよ…」
 距離を置いているせいでこちらからだと朝日が反射して眩く光っているようにしか見えないそれに、実は私の行為のすべてが映っていたのだと淡々と話すヘンリーの顔は心なしかほんのり赤く染まっている。
 一気に押し寄せてきた混乱と羞恥のせいで軽いパニックを起こし言葉が見つからない私に、ヘンリーは困ったように微笑みかけると、そっと私に口唇を寄せて触れるだけのキスを落とし今度は茹でた海老のように真っ赤な顔をして慌てて離れて行った。
「その、もう少し待っていて欲しいんだ。ちゃんと、整理がつくまで」
 ダメかな?こちらを窺うように恐る恐る訪ねてくるヘンリーに、私は鼻血と感激の涙を流しながら深く深く頷いた。
 何も急ぐ事はなかったのだ、ヘンリーは私の気持ちを知った上できちんと受け入れてくれていた。身体の関係ばかりを急かせようとするリチャード・ブレインツリーの煽りなど最初から無視しておけばよかったのだ。


「なぁ、ウォ…… ッ?!、危ない、ウォルター!」
 避ける暇など、無かった。
 嬉し涙と、ヘンリーからの初めてのキスを貰ったことで溢れる鼻血を止め処なく流しながら微笑む私の顎に、死角からトードストゥールのアッパーカットが綺麗に決まり、視界がぐらりと揺れた。
 ああ…見える部分は駆除したとはいえ、無数の胞子は未だシーツの上あちことに生きていたわけなのだから、涙と鼻血を大量に吸えば当然伸びるわけだな。うん。
 慌てて私に手を伸ばすヘンリーの姿を霞む視界の端で捉えながら、自分の捲いた種、という言葉をここまで痛感する出来事は滅多に体験できないだろうなと呆れる程冷静に考えていた。
 疲労した身体にどうやらこれがとどめの一撃になったらしい。
 保ちきれない意識を気絶という形で手放す瞬間、耳元でリチャード・ブレインツリーの「いい気味だ、が、…まぁ、頑張ンな」という言葉が聞こえた気がした。





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