無題 風間×荒井(4)


「したく、なかったんだけどね」

 ぼそり、と呟いた僕の言葉に荒井の瞳が薄らと開かれ、なにを愚図愚図しているんだと言いたげに伏せられた。
 そして裏で張られた糸の存在にも気づいてしまった。彼にここまでの深手を負わせた奴はどうして追ってこないのだろうと、まるで手負いのままわざと逃がして僕と会わせる事を最初から目的としていたような。
 彼を傷つけた相手が今僕が思い浮かべている男で間違いないのならば、恐らく彼が仕掛けたゲームの真の標的は

「この僕ってわけかい・・・」
 はは、と乾いた笑いが口唇から零れ落ちた。
 ジジジ、と耳障りなノイズをあげて脳内のスクリーンに表示されている画面が別のものに切り替わる。
 校内に放たれた獲物の命を狩るといういつもどおりの部活ではなく、手負いの想い人を抱えて5人の殺人鬼が潜む校内から無事脱出する僕だけのゲーム。
 難易度、急に高くなりすぎじゃない?そう力なく笑う僕を彼は不思議そうな目で見上げている。
 日野から今夜の標的は僕だ、と告げられればあの殺人狂達は嬉々として躊躇いもなく僕も、荒井も始末するだろう。
 相手が誰であろうと楽しめれば構わない、そういう奴らだ。
 無傷で切り抜けられる確率は悲しいほどに低い、でも。

「クリア後の報酬は恐ろしいぐらいに魅力的。やるしかないでしょ」
 君が僕のものになるのならば、そう心の中で呟き訝しげな顔をしたままの荒井の前で銃を下ろし、その代わりに制服のシャツを裂いて彼の傷に簡単な止血を施す。
 呆気に取られたままの痩身を背に担ぎ上げ、自分が愛用している銃を肩越しに彼に手渡した。
 幾らけが人だといっても後ろからの敵に引金を引くことぐらい出来るだろう?そういう僕に、彼は呆れたように溜息を吐き「僕がこれであなたの後頭部を撃ち抜くとは考えないんですか?」と憎まれ口を叩いた。

「悪いけど今日は前方だけで僕も手一杯みたいなんだよね、あ、君の鎌は僕が借りるよ、後ろは荒井君に任せた。精々僕の弾除けとして奮闘してくれたまえ」
 月光を刃先に集めて鈍く光る鎌を、感覚を確かめるように幾度か振ってみる。慣れない得物だけれどもこの武器のエキスパートがすぐ後ろにいるわけだし、まぁ何とかなるでしょ。
 心が定まれば、後はこの糞ッ垂れなゲームをハッピーエンド目指してクリアするだけ。
 背に感じる彼の重さがどういうわけか、枷ではなくもっと別なもののように感じられて知らず笑いがこみ上げてきた。
 いいね、ゾクゾクするよ最高だ日野貞夫。自分の命が危ういこんな状況ですら興奮に胸躍るのだから、大概僕もまともじゃない。
 タイム制限有り、残り時間を刻むのは時計の文字盤ではなく守るべき相手の腹から引っ切り無しに滴り落ちる赤い雫、のんびりしている時間はないなと僕は自分の両頬を叩き、再び夜の闇の中を駆け出していった。


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