最初は一方的に付き纏われて鬱陶しそうにしていた彼が段々と気を許してくれる姿に油断していた。それも邪険に扱ったりその気にさせるような言葉ではなく、ただ隣にいる不自然さを気付かせるような違和感を指摘する。

「君は、俺といて苦痛ではないのか?」

そんな風に聞かれてはいそうですかと答える人はいるのだろうか。首を捻る私は精一杯考えて、素直に全然平気です、と答えた。そして続ける。

「私よりも赤井さんの方が嫌なんじゃないですか」

黙る彼は答えを考えているようにも見えた。私を傷付けないための、分からせるための優しさにまだ知り合って間もないのに私はもう彼に心を許していた。

「必ず役に立ちます。あなたに見放されないように」

鋭い眼光を放つ目が、その時ばかりは面食らったように幼く映った。
配属されたばかりの小娘が何を言うとか、自分相手に生意気だとか。返ってくる言葉もすべて受け止めるつもりで胸を張る私の額をコツン、と小突いた仕種と微笑まれた表情に私はもう、夢中になってしまった。

「それは見物だな。午後の訓練、覚えておけよ」
「スパルタも覚悟の上です」

赤井さんの指導についていくのは骨が折れた。経験や才能がモノを言うのももちろんあったけれど、着眼点も身体能力もすべてにおいて優れている赤井さんは野生の勘と言うか、私があれこれ頭で考えている間にも正しい方法を瞬時に見極め自ら行動できる人であった。
何度も助けられた。怒られもした。それでも彼は私を見捨てず、最後まで訓練に付き合ってくれた。弱音を吐く私を慰めてくれたことは忘れない。いつだって、「ここで終わりにしてもいいのか」と鼓舞してくれた。

「名前、お前には俺を見届ける義務があるだろう?」

覚えていてくれた。私があなたに伝えた日のことを。信じられないと言った目で見つめるのは私の方で、違うか、と答えを求めてくる彼の前で私が言えることはたった一つしかなかった。涙を拭って立ち上がる。赤井さんの部下として傍に居ることが私の存在意義。こんなところで倒れている時間はないのだ。

「うう……いつもありがとうございます、赤井さん。本当好きです……」
「おしゃべりをする暇があるなら銃を構えろ」

少しは近付けているのかな。私はもうずっと赤井さんしか見えていない。たとえ彼に恋人がいても、ずっと思い続ける人がいたとしても。私の恋は永遠に彼への想いで満たされると思っていたのに。

「赤井さん赤井さん、今日こそ付き合ってもらいますよ!演習場!」

とある組織に潜入している赤井さんと久しぶりに会えた日。私は煙草を吸っている彼の腕を掴んでぐいぐい引っ張った。その頃にはもう赤井さんはされるがままの状態も多く、顔を見れば何となく思っていることに察しがついた。赤井さんもきっと私の扱いをよく分かるようになってきていたのだ。

「俺の貴重な休憩時間を強請るぐらいだ。相応の腕前にはなったんだろうな?」
「当たり前じゃないですか!赤井さんが潜入捜査に行っている間はちゃんと言われた練習メニューを熟してましたよ」

一日鬼のようなメニューだったけれど。ぎくりとして咄嗟に答えた私の後方で告げ口をする声にびくりと背筋が伸びる。

「筋トレサボってましたけどね」
「ぎゃっ、キャメルさんそれ言わないで!」
「名前……」

ごごご、と影を背負う鬼コーチ。睨まれながらもつい甘えてしまうように擦り寄る私を彼は受け止めてくれるから。

「赤井さん顔怖いです……!ご、ごめんなさい!今日からちゃんとやりますから、見捨てないでー!」
「……ったく。俺がお前を突き放したことなんてないだろう?」

がしがしと乱暴に頭を撫でられたから、一人で余韻に浸るように距離を取る。
赤井さんの言葉の意味を反芻させ、頷く。満足そうに赤井さんは笑った。

「それはそうですけど。でもいつかやられそうで怖いです」

フッ、と零してから振り返る。いつも見ているはずの背中がだいぶ懐かしく感じて、こうして会話出来るのだって次はいつになるのか分からない。
だけど変わらないものがあることを私達は知っている。

「俺がそうしても、お前は俺の後を追ってくるんだろうな」
「そうかもしれませんね」

尻尾を振ってご主人様についていく犬に喩えられることは珍しいことではなかった。
私は赤井さんのことが大好きで、彼の教えは絶対。忠実でいて可愛がられる一番の部下でいることが当面の目標だった。

「……そろそろ、限界かな」

だって生涯添い続ける恋人にはなれそうにないから。そのことを私は彼と初めて会ったときからずっと痛感していた。でも、と問い掛けたい。ねえどうして、好きでいることを許してくれないんですか。


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