二人きりの夜には思いっきり甘えてみせる彼女。肩に凭れ掛かってくる頭を彼がゆるりと撫でてやれば、女は気持ち良さそうに目を細めた。

「僕の前だとあなたは別人のようですね」
「……そう?」

夢見心地から醒めたコードネームが計算した速度でバーボンから退いた。うるさい心臓を抱えてあくまでも平静を装って彼の顔を見上げる。
先程まで眠そうにしていた目はぱっちりと開かれていて、段々と焦りを見せるように鋭くなっていくのが自分でも分かった。
バーボンはそんな彼女の変化を深読みせず、軽く謝りながら再びコードネームの髪を一房掴んだ。

「機嫌を損ねましたか?これでも褒めているんですか」

そう言って絵になる仕種、唇を寄せてぱちりと片目を閉じて見せるのでコードネームはその手をぴしゃりと払い除けた。ほんのりと染まる頬を楽しそうに眺めているバーボンに向けて彼が触れていた髪を後ろへ靡かせる。

「本当の私だって言った覚えはないけど」

ほう、と頷く。強気に返したコードネームの顔色がどんどん崩れていくのを見るのもまた一興。じわじわ近付いてくるバーボンから逃げるつもりはないけれど、内心は恐れていた。

「では、暴いてみせましょう」

顎に指を引っ掛けて掬い上げる。二人の息が零れたまま交わす口付けがどんどん深いものになっていき、そのうちに抱き締める力も強まっていく。
見せかけのものでもいいからとすべて食い尽くす勢いで貪る息遣い。

「んん……!ちょっと、ゆっくり……!」
「待てるわけないだろう?」

角度を変えて何度も唇を合わせて、舌を絡ませて。互いに求めている温もりを分け与えているとつい、魔が差す。
最後までするつもりはなかったのに手が勝手にするりと肌を探り当ててしまうのだ。
バーボンの大きな手がコードネームの腰から下をなぞるように撫でつけていたタイミングだった。
着信を知らせる携帯電話。バーボンがちらりとそちらに目をやってから、再びコードネームの唇を奪う。それでも良かったが、彼女としては一度リセットしたかった。

「出ていいよ」
「……すぐ終わらせる」

どうぞどうぞと彼を送り出したら、自分にも電話が来ていたことをコードネームは思い出す。
ベランダの方へ歩き出したバーボンの背中を眺めながらコードネームもリダイヤルをする。

『名前さん、大丈夫ですか?』
『降谷さん、今いいですか?』

彼と彼女を示す名前。肯定を示す二人は頷く。
表の顔は決して見せることが出来ない。組織に入っている以上、信用できる者は誰もいないのだ。

「コードネームも誰かと電話していたんですか」
「ええ。ちょっと、ね」

戻ってきた彼はすっかりバーボンの顔。彼女がコードネーム以外の顔も持っているようにお互いに黙っている素性がある。今は関係ないと懐にさらりと入り込んでくるバーボンが甘い口調でコードネームを抱き締める。

「内容を聞いても?」

追及に答える気は更々なく、コードネームは間を置かずに嘘を吐く。
バーボンの頬を己の手で包みながら覗き込む。こちらも問い質すような顔つきだ。

「私の友人の恋愛事情なんて聞いて楽しいのかしら」
「では、あなたのとびきりの秘密を教えてください」

懲りない彼。こつんと当てられた額から流れ込んでくる熱と探り屋である本質。
このまま吐いてしまいそうになって、コードネームはそれでも耐えながら「見返りは高くつくけど」と強がりを言う。ギリギリのラインを走っていたことには気付いていたから、バーボンが続ける優し気な眼差しにペースを崩されてしまった。

「僕自身でどうでしょう」
「……コードネームしか知らない人なんていらない」

似つかわしくない交わし方。いつもみたいに笑って誤魔化したかったのに下手な首振り方をしてしまったと反省する彼女を、バーボンは愛していた。

「いつもみたいに気取っているよりずっといいですよ」

別れの抱擁みたいに切なくさせる彼の声。組織の一員である彼らはお互いのことを調べるのが怖かった。知りたいのに知りたくない理由は分かり切っている。
うるさいと小声の後、コードネームは抑え切れなくなって告白をした。好きですに返ってきた言葉は僕もですと肯定。たったそれだけの子供騙しな関係が出来上がる。
両思いであったのに、彼らの表情は暗い。本当は全然嬉しくない。

「バーボンとコードネームは恋人同士。それでいいじゃないですか」
「本当にそう思ってる?」

自虐的だとコードネームは笑う。バーボンもそうだと思っていたら、ポーカーフェイスが上手な彼らしくない返答だった。

「同意してくださいよ。諦めきれなくなるじゃないですか」

悲しそうなバーボンを、コードネームは自分から抱きしめた。伝えたくても伝えられない。好きなのにまだ信頼出来ない相手へバラすわけにはいかない。
どうか、無事に組織から抜けられますように。
いつかの日に不幸せな展開が待っていないことを祈る。閉じた視界はあなたの色で塗り替えた。

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