「いらっしゃいま、せ……」

安室さんと接するのはこれが初めてだ。お客さんとしてアポなし来店した私の顔を凝視するもすばやく切り換えるところはさすが無敵の先輩だ。
私が彼のテリトリーに踏み込むことへの説教は後で聞こう。こちらへどうぞ、と案内された席へ座り、そそくさと戻りたがる背中へ「店員さん」と呼び掛けた。

「コーヒー、お願いします」

分かりやすい挑発に返ってくるのは同じオーダー。

「かしこまりました」

そう言って頭を下げる降谷さんを見て、こんなことをしても何も変わらないことを改めて分からせられる。
ささやかな反撃のつもりだった。いつまでも野放しにしているから。聞き分けの良いフリばかりではないからという悪戯心。
ちょっと驚かせてみせようと安室さんがアルバイトをしている喫茶店ポアロに来てみたら、私には普段見せない彼がそこにはいた。
人懐っこい笑顔と柔らかな言葉遣いで店内を歩き回れば時に黄色い歓声、熱のこもった視線が彼に注がれる。驚いたのは小学生や女子高生とまで交友関係があるということだ。
安室の兄ちゃん、安室さん、と慕われる姿をただ見ていることしか出来ない私。
携帯電話を操作するふりをして盗み見をする。

「安室さん、本当は彼女の一人や二人いるんでしょう?」
「ちょっと園子!」
「今はこうして働いたり毛利先生にご教授頂く方が勉強になります」

女子高生特有の恋愛トークに捕まっても安室さんは容易く交わしていく。テーブルを拭きながらお手本のような返答をしていた。
それに対してカウンターの向こう側から食器を仕舞っていた女性が入ってきた。
小学生も女子高生もこの喫茶店の常連さんだということを感じ取る。私一人がスパイみたいで居心地が悪くなった。

「安室さん、そんなこと言ってたらシフト増やされちゃいますよ」
「ぜひお願いします」

一緒に働いているの羨ましいなとか、あの人といる時間が多くなるのかなとか。
和気藹々としている光景が目に痛い。誤魔化すように温くなったコーヒーを一気に煽った。
安室さんが丹精込めた淹れてくれたそれだと言うことにも気付けずに腰を上げようとしたときだった。

「じゃあどんな人がタイプなのー?」

小学生の女の子の声がする。質問された相手、安室さんの顔が見られなかった。
私の好きな人は降谷さんであって安室さんではない。分かっているのに、苦しかった。

「そうだなぁ……」

この人は私の好きな人ですと言ってしまいたい。誰も手を出さないでと牽制したい。
だけど言えないのだ。そんなことをしたら彼の築き上げてきたものがすべて水の泡になってしまう。
お会計は梓さんと呼ばれる女性の店員さんがしてくれた。最後まで微笑んでくれる可愛らしい方に見送られ逃げるように店を出た。
何て答えたかなんて聞きたくない。安室さんからの見送りは、当然のようになかった。

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