急遽の呼び出しは珍しいことではない。今日もさして有力な情報を得られたわけではなかったので警察庁へ向かう足取りも重かった。身に付けている華美な装飾が反射するように目が痛い。ターゲットが買ってくれた私好みではない高いヒールに胸元の空いたワンピース。
ちくしょう、私がここまでやっても口を割らないくせに。
タクシーの中で悪態を吐きながら足を組んだ。本当は自宅に戻って着換えてから行きたかったのだがすぐに来いと言うお達しなのだから仕方がない。持っていたジャケットでワンピースの色を隠し髪形を変える。夜に紛れれば目立つこともないだろうと、それでも念には念を入れて裏口から入った。

「本当に、ありがとうございました」

警察庁が握った極秘データ。これで奴らの尻尾を掴むことが出来そうだ。そろそろ無駄なやり取りにも飽きていた。多少強引な手段も致し方がないと思っていたところだった。
上機嫌になる私の前で「お前だけに身体を張らせてられないからな」と笑う上司にぎこちなく返す。上から下まで見られてからの言葉に最悪、とは吐き捨てられない。
別に身体を売っているわけではないのに、もしかしたらそこまでの意味はないのかもしれないが。
過敏になりすぎているような気もしてそろそろ失礼しようとしたら、目が合っていつの間にか囲まれてしまっていた。久しぶりだとか大丈夫だとか声を掛けてくれるのは有難いけれど手柄も上げていないし一人だけ浮いている格好だしで肩身が狭い。
刺さる視線に耐え切れないのは、輪の向こう側に降谷さんがいるからだ。スーツを着こなしてこちらを見ている彼。どうして今日もここにいるのだろうと、私が思っているよりも彼は警察庁に来ているのかとか色々考えながら帰る旨を伝える。
その前に、上司への挨拶を怠ることはできない。

「降谷さん、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ。……その格好は」
「すみません。着換える時間がありませんでした」

見透かされているようでぎくりとする。ひらりと揺れる裾も似つかわしくないのは分かっているから早くここから出たかった。降谷さんの追及は続く。

「それが警察庁に出入りする人間の服装だと思うか?」
「思いません」
「自分が今どんな風に見られているか自覚しているのか」

答えられずに様子を窺う。
色っぽく見えるように乗せたアイシャドーも彼には効かないようだ。
潜めた降谷さんの声が耳元で聞こえた。

「男をオトそうとしている顔で来るな」

カッと身体が熱くなる。真剣な場所で何をしていると言いたげに彼はもう帰れと紡ぐ。後ろでは仲間がなんだなんだ、と遠巻きに見ていた。
降谷さんは分かっていない。彼らは私のことなど何とも思っていない。それこそ娘ぐらいの認識であろうに。
意識しているのは彼ぐらいだと言いたい。余計な牽制がばかばかしくなるのに、彼の前だけだと視線を気にする私も大概だ。

「それって降谷さんの個人的な意見では?」

ボタンを外せば露わになる露出度の高いワンピース。普段は絶対に着ない色合いにぴったりな好戦的な表情を浮かべれば、ぴくりと眉を動かす降谷さん。

「私のやり方に口を出さないでください」
「……来い」

愛しい背中が今だけはひどく憎らしい。ねえ、早く自分のものにしてなんて的外れな文句をぐっと飲み込んだ。

「失礼な言い方は反省しています。でも、……っ」

誰もいない暗い廊下。ゆっくりと振り向いてこちらを見下ろす降谷さんはあの日車で見た女性と話すときの目をしていた。暗がりで光る瞳に睨まれて、手が私の肩に伸びた。そのまま捕まれて壁に押し付けられる。
力で捻じ伏せてみろなんて、まったくナンセンスなやり方だ。

「抵抗してみろ」
「ふざけないでください!」

降谷さんの前では落ち着いた女性でありたかった。きゃんきゃん懐く子犬のような甘えもツンと気取る猫のような気まぐれな部下でもなく、淡々と着実に熟す聡明な人になりたかった。

「はあっ……はあ……」

こうして差を見せ付けられるのが嫌で、不足している部分を補おうとしていた。彼の隣に相応しい人になるように。女だからと言って舐められないように。
一度目線を外し、そっと私の上着のボタンを締め始める。いそいそと肌を隠す嫉妬心、震える指先は私の好きな人のそれではない。

「あなたらしくもない」

こんなことをするならいっそ、なんて私も彼もまだ踏み込んでいない。
噛み付くようなキスも閉じ込める抱擁も出来やしない。ここまで子どもじみた触れ合いならいらないと彼を置いて一人踵を返す。

「私情を挟むなんて見損ないました」

だって降谷さんと私はただの上司と部下だから。
恋人同士みたいな独占欲なんてお門違いもいいところだ。

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