名字名前は非常に分かりやすい女だった。顔色から読み取れる感情が素直な気持ちだと知り、零は彼女に潜入捜査など務まるのだろうかと不安だった。
しかし、名前への見方は自分と他者ではどうやら違うらしい。淑やかで聡い女性だと彼女の評価は高く、高嶺の花だと部署内の憧れの的だ。元々男社会ということもあり紅一点にも近い彼女に視線が集まるのは当然のことであった。
零はわざわざ名前の状況を調べたりはしない。そんなことをしなくても彼女の仕事ぶりを信頼しているし余計なリスクを背負うことはない。ただ、噂や目撃情報を話のネタにする暇人はどこにでも存在する。
零が警察庁へ寄り、仲間の現在の進捗状況の話になったとき、話をしているのを聞いた。

「名字さん、今のターゲットに相当言い寄られているらしいな」
「女癖が悪い奴に捕まって大変だな。あーあ、公安の姫がいないと癒しがないぜ」

お姫様と呼ばれるたびに顔を歪める名前はよくぼやいていた。恐れ多いと外面用の遠慮を、裏では守るために動いているのにと俗称めいた呼び名を辟易していた。そんな表情を見せるのも自分の前だけだと零が気付いたとき、彼女の中で特別な枠の中にいることを知った。

「おい、無駄話をするな」
「あ、すみません!降谷さん、風見さん」

風見が注意したことで姿勢を正して散っていく部下。まったく、と管理不足であることを詫びるので零は代わりにさせてしまったことを謝る。

「悪いな、風見」
「いえ。それより降谷さん、名字と連絡は取っていますか?」

話題に上ったことですんなりと言葉が出てきたような気がする。
名前は大切に仕舞われるだけの宝物になることは望んでいない。これは彼女なりの功績なのだ。人柄も良く誰からも愛されるからこそ、仲間として彼女の無事を祈っている。
零は慕われている自信があったし素直に、先日会ったことを打ち明けた。仕事の話はせずにオフモードで接したことを話せば彼は少しだけ穏やかに頷いた。

「まあ、あいつも降谷さんには相談しづらいと思いますが」
「何かに巻き込まれているのか?」
「手ごわいみたいで、ずいぶん苦労しているみたいです」

目の浮かぶのは名前がやけに甘えたような笑みでターゲットに擦り寄る姿だった。
同じ街にいるのに別人だと感じてしまうのは彼もまた同じであった。
普段は見せない色を含めた目はギラついていて必要な情報を得るために密着しているのも知っている。やめろと止めに入れないのは、彼女の仕事の邪魔をすることは出来ないからだ。
名前がベルモットといる自分に声を掛けられないのと同じこと。俺達はそういう立場の人間なのだ、と零は何度も自分に言い聞かせた。

「あいつなら大丈夫だ。今回も上手くやるさ」
「終わったら、きっと真っ先に降谷さんに報告すると思います」

そしてまた新しい仕事に精を出す。繰り返される任務はこの仕事に就いている限り続くのだろう。
零も名前もこの仕事に誇りを持っている。休息している暇はないのだ。

「名字は降谷さんのことを尊敬してますから」

誰もが確信しているのに黙っているのは、お互いが足枷に、支障にならないためだ。
名前が零に心を許している。他の人には見せない笑顔が恋を連想させる。
零は名前を自分のものにしたい。守りたい特別な人だ。
彼らの周りは二人がお互いを思い合っていることに勘付いているが、当人達が上司と部下の関係から脱しようとしないので見守ること、羨むことしか出来ないのだ。
よくアドバイスとして相手の名前は伏せて言われるが、零と名前は傷付けるのを恐れていた。恋人が生きていく糧になるのなら。でももしも弱みを握られたら?自分のせいで取り返しのつかないことになってしまったら?
信用していないわけではないが、危険要素を自ずから手にすることはない。二人は考えが似ていた。だから歩み寄っても、支え合っても黙っている。
すべてが終わったら、なんて先の見えない未来に思いを馳せることしか出来ずに。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -