告白するつもりなどないのだけれど、帰り際に呼び止められ、明日の予定を聞かれた後のお誘いにデートですかと本音をこぼしてしまいそうだった。

「なら明日14時に迎えに行く。寝坊するなよ」

そう言ってお疲れ、とクールに去っていく。ターゲットのところへ顔を出してそれから急いで着換えて化粧を直して、なんて。ただの上司と部下がご飯を食べに行くだけだというのに浮き足立ってしまう私の気持ちなんて、降谷さんは微塵も気にしていないんだろうな。



助手席に乗るのを躊躇ってしまう。降谷さんの愛車であるRX-7を凝視してから覚悟を決めて乗り込む。いいんだ、今ここの席に座っているのは私だから。
自分に言い聞かせ、出発する降谷さんの横顔に見惚れてと脳内が忙しない私へさらにもう一つ要求を投げ込む落ち着いた様子の降谷さん。

「外では俺のことは安室透と呼んで」
「分かりました」
「部下としての振る舞いも駄目だからな」

ニヤリ、試すような笑み。はい、と短く頷いた私は彼の言葉の意味を反芻させる。車の中では降谷さん相手の通常運転でも外に出たら切り換えなければいけない。
たとえばもしも安室透さんの知り合いに出くわしたり見られていても言い訳ができるような間柄、設定を考えなければいけない。

「迷ってしまって選べません」
「ゆっくり決めてもらって構いませんよ」

お昼のピークも過ぎた時間帯だったから人もだいぶ少なっていた。案内された列の席に座るのは私達だけでそこまで声を落とさずとも良さそうで安心した。
くすぐったい言葉遣いをする降谷さんがメニューを注文する。店員さんが去っていき、ここはひとつ設定の依頼人らしく相談事でもしようかと思ったが、降谷さんに明かすべき話題は見当たらなかった。
首を傾げる私を見つめながら降谷さんが「分かりやすいな、お前は」と上司らしい指摘を小さく漏らす。

「安室さんには分からないと思いますけど」
「おや、機嫌を損ねるつもりはなかったんですが」

立場上相手の思惑を先読みするのは得意であるはずなのに、降谷さんはすべてにおいて上をいっているから、彼相手にするとすっかりペースが狂ってしまう。私はどちらかというと完全に型に嵌めてしまいたいタイプに対して、降谷さんは状況次第で適時対応を変えられるオールラウンダーである。
つまり、ここにきて降谷さんと安室さんを一緒に出すのは止めて頂きたい。私は今安室さんと会っている人物像を思い描いてここに座っているのだから。

「美味しいですか?」
「はい。よく来るんですか?このお店」
「たまにですよ。ずっと連れてきたいなあと思ってたんです」

定番のデートコースか依頼人との密会か。何にせよ自分の傷を抉ることに違いはなかった。
何気なく紡がれていく会話であったはずなのに、安室さんが貼り付けた笑みで私をまっすぐに見つめるものだから、今回ばかりは分かりやすい軽口を真に受けることはなかった。

「もちろん、あなたをですよ」
「口説くのはやめてください」

依頼人に甘い言葉を吐くなんて。まさか恒例のことだったらどうしようと心配する私をよそに降谷さんが自画自賛を始める。偽物の愛を囁くのがお気に召したらしい。
こういうのもいいな、と思案する彼のイメージが隣にいる私だったら純粋に嬉しい。

「恋人役とかいかがでしょう?」
「ふふ、ご冗談を」

それで少しは意識してくれるのならいいかな。でも最初から役とかフリって言うのも寂しいものだ。
相談しに来た依頼人は甘いマスクの探偵には靡かない。それっきり言葉を切って食事に集中する沈黙を破ったのは、選んだような安室さんの声。

「名前さんはいつも毅然としていて素敵ですね」

降谷さんの前で気を付けている姿勢。熱量、冷静、忠実。
そりゃあたまに会った降谷さん相手に緩んでしまうときもあるけれど、基本的には落ち着いた行動を心掛けている。私達は危険と隣り合わせな仕事をしているから色恋沙汰ではしゃいでいる暇はない。
活力にすることも出来るけれど、仕事人間な好きな相手を巻き込むことになって邪魔や負担にはなりたくない。

「安心してください。あなたは僕が守りますから」

心強いと思った本音。こうして相手の奥底に入り込んでいく降谷さんは本当に尊敬する。
穏やかで頼りがいがあって格好良い彼は私の好きな降谷さんと似ている。いや、本質は同じだからしょうがない。

「優しいですね、安室さん」

褒められてばかりで涙が出そうになる。
部下を労うために忙しいところ連れ出してくれた上司の鑑である降谷さんに謝りたくなった。
一度でもあなたの邪魔をしそうになった悪い子ですよ、私なんて。

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