正装をして優雅な笑みを浮かべている男女が颯爽と人の波を掻き分けていく。皆が頬を染めて立ち止まる中で、彼らだけがお互いの歩調だけを気にして作っている表情に舌打ちをしていた。
人の気も知らないで、と心中穏やかではない罵声。どうせ今でも注目されて良い気になっているんだろうとこの時ばかりは安否を祈るような優しい言葉は掛けられなかった。
事の発端は、零と名前が相手にしているターゲットが偶然にも同じパーティーに参加することが分かったことである。そしてパートナーとして是非とも揃って出席してほしいと頼まれ、もちろん潜入捜査をしている彼らが断る理由はなく、二つ返事で了承をし、事後報告でこう言った経緯があったことを伝えた。
零も名前も立場は十分承知しており、普段であれば気を付けてと内心のドロドロした気持ちは封じ込めて送り出すのだが、同じ舞台となれば話は別であった。
いつもは見えないところで演じているそれを目の当たりにするとしたら、抑えていたものがどうしても溢れ出てしまって。
家を出るときからこの険悪なムードは続いているのである。格好、仕種、欺瞞。難癖を付けられているようで始まった喧嘩はお互いに引くことが出来ない。

「大体その髪型どうなんですか。前髪上げると余計に童顔が目立ちますね」
「君こそ攻め方がワンパターンやしないか?女の武器しか手がないなんてな」

裏に隠された本音はすぐにしまい込む。顔を合わせてすぐにぷいっと背けてしまうのはやはり直視できない現実がそこにはあるからである。

「じゃあな、俺は先に行く」

零が大きく足を踏み出して歩いて行ってしまう。それを追いかけるわけもなく、名前は両腕を組んで彼の背中を睨みつけていた。放っておいたら顔が熱くなってしまいそうで、慌てて、 本日のミッションのことを思い出す。この先の廊下を右手に曲がれば玄関ホール、そこで彼女は本日のターゲットと待ち合わせをしていた。

「まさかこんなに素敵なレディをお連れとは!いやはや恐れ入りました」

愛想笑いならいくらでも作ってやる。肩を抱き寄せられ、下品に笑うターゲットの歪んだ表情を間近で見ながら名前は役を全うしていた。集団テロを目論んでいる組織のボスを暴くこと、その為だけに潜入している名前。このグループ全体のパーティーなら姿を見せると思ったがなかなか主賓は現れないし、それらしき人物の尻尾も掴めやしない。

「どうですか、お嬢さん。実は上に部屋を取っていまして……」
「まあ、お上手なんですから」

こそりと耳打ちされる言葉にも反吐が出る。名前すら知らないお前では話にならないと名前は笑って交わすのだが、こんなことが多くて非常に困る。べたべたとやけに接触してくるところも気に食わない。肩を抱かれ、腰に手を回され、胸元を直に見つめてくるなど、どれも靡かないことばかりで嫌気が差す。
そのうち、ターゲットは挨拶回りだとか言ってどこかへ行ってしまった。さてどうしようかと佇む名前へひっきりなしにボーイから声が掛かる。お代わりはいかがですか、と進められるのはもっぱらワインやシャンパンだった。調査中に飲むバカがどこにいる、と彼女が断ればオレンジジュースを差し出される。そんな繰り返しで名前はおそらくこれは誰かの罠だろうと飲んだフリに留めておく。
酔っ払ったらこのホテルの上に取ってあるスイートに連れ込まれるのだろう、と推測する。目を離すなと見張られているようで堂々と動くことも出来ず、その時を窺っていた。そうするとどうしても観察してしまうのは周りのパーティー客である。見たくもないものを目の当たりにしてつい、瞳孔が開いてしまう。
どうせなら私のいないところでやってくれと逸らすのは、これが初めてではない。

「悪かったな、名前。一人にさせて」
「次は私も連れて行ってください。一人で寂しかったです」
「そうかそうか。ではお前は先に行っていろ」

甘える振る舞いに満更でもない様子で頬を緩めるターゲットが音を鳴らしながら一本のキーを渡してくる。最上階の部屋が彫られた鍵にゆっくりと怪訝そうな顔を作れば、ターゲットがこれでもかと顔を近付けてくる。

「でもまだパーティーは」
「主催が欠席すると連絡があってな。名前を紹介する理由もなくなってしまったし、これ以上ここにいてもしょうがないだろう」

だから今夜はここで、と言うことか。分かりやすい誘い方にはひとまず笑顔を返しておく。
自分が付き合う理由はあるかと模索していたとき、こちらに歩いてきたボーイがぶつかってきた。あの当たり方は間違いなく向こうからだ。トイレに乗ったグラスから零れる透明な液体が名前めがけて落ちてくる。

「あっ」
「な、何をするんだ君は!?」
「すみません、自分ここの仕事初めてでして……」

冷たさに顔を歪めてから、眉が動いてしまった。目の奥は読めない色をしていて、ウエイターの格好をした男が名前へ促す。

「ドレスが濡れてしまいましたね。どうぞこちらへ」

名前はターゲットへ目配せし、行って来いと許可が出たところでようやく肩の荷が下りた気がした。
背筋を伸ばすパーティーは居心地が悪い。誰もいない廊下へ出て、「その格好、なんですか降谷さん」と目の前にいる彼へ問い掛ければ、返ってきたのは答えではなかった。

「走れ」
「え?」

手を取られて走り出す。目指すは駐車場で、零の車に乗り込むまで名前は口を噤んでいた。

「俺が追っていた女から聞いた。中枢の連中らは別会社の幹部共だ」
「じゃあ私が潜入していた会社は」
「目くらましだな。また一から練り直しだ」

はあ、と溜め息。やれやれと愚痴を言いたいが零の前ではなるべく良い女でいたい名前は任務失敗だと思いたくはなかった。あんな風に出てきてしまって良かったのだろうか、零に聞こうにも不機嫌そうな顔で運転する彼が怖かった。恐る恐る、行き先を聞いてみる。

「俺の家だ」

さて、なぜだろうか。それも口に出すことなど出来なかった。

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