電気制御室に入ってまず異変に気付いたのは突起したUSBのような存在だった。それを抜いて電源が戻るように配線を繋ぎ直して、あちこち調べさせてもらったが後は電気が溜まるのを待つしかなさそうだった。
私が小さな格闘をしている間はものすごいことが起こっていたらしい。車軸の爆弾を狙われた結果、片方の観覧車が外れ族館の方へ転がっていく。そちらには避難していた一般人が数多くいて、何としても止めなくてはと頑張ったのがもちろんコナンくん達だったと言う。
最もこれは後から聞いた話で、私はその状況を一部始終はおろかまったく見ることが出来なかった。外に出て観覧車があんなところに、と口を開けて見ていたぐらいだ。
それでもようやく、終わった。重低音で空を翔ける烏もいなくなっている。
あちこちから泣き声や安堵の姿を見回しながらゆっくりと歩いていく。転んだり切ったりしたせいで私の全身も打撲や血で変色してしまっていた。
部下に肩を借りている風見さんを見つける。大きく片手を上げようとしたら肩が悲鳴を上げた。情けない。お互いの姿を見てそう思う。

「降谷さんは一緒じゃないのか?」

風見さんの言葉は私が聞こうと思っていたものだった。まだ合流していない、そう信じたい。でも目の前が暗くなってしまう。連絡もついていないのなら無事かどうか確認のしようがない。探してきますと制止も聞かずに走り出した。

観覧車から下りてくる人の波に逆らっていく。
早く来て、無事な姿を見せて。不安がる私を見つけてくれたのはこれで二度目だ。

「大丈夫そうだな」

聞こえてきた声の出所を探せば、樹木の陰に立っていた赤井さんがいた。
駆け寄っていいか迷ったけれど今は喜びを分かち合ってもいいはずだ。現に赤井さんは逃げも隠れもしなかった。

「赤井さんも、良かったです」
「安心しろ。皆も無事だ」

それはもちろん、降谷さんも、コナンくんも、赤井さんも、全員生きていると言うこと。
全身の力が抜けていく感覚だった。支えてもらう必要はなかったのだが、ふらつく私の肩を抱いて助けてくれた。不思議と嫌な気分にはならなかった。

「あの、どうして彼と仲が悪いんですか?」

聞いてしまってから分かってもらえたか不安になる。指し示す名前を伝えるのに迷い、目を逸らす私のことを余計な質問と勘違いした赤井さんだったが「色々あってな」と話すつもりはないようだ。
確かに赤井さんから聞いたところでどうしようもない。降谷さんが私に話してくれないことにはきっと、何も変わらない。

「でも赤井さんはそんなに悪い人には見えません」
「そうか」

だって私のことも助けてくれるし、何を考えているか読めない部分もあるけれど基本的には優しい人にも思える。何か言ってくれないかな、と見つめ合ってしまう私達の間に割り込んできた第三者。彼は腕を組んで不満そうにこちらを眺めていた。

「離れてくれませんか」

私は何をしていたのだろう。パッと距離を取り降谷さんの方に歩いていけば彼は私の顔を見るや否や自分の背中に隠すように前へ出た。目の前の人を睨みつける鋭い視線。
ここでまたゴングが鳴るというのなら、今回ばかりは全力で止めようと思った。

「良いお嬢さんを見つけたな、安室くんは」

降谷さんの額に青筋が立つ。からかわれているとしか思えないような言い方。
赤井さんにその気はないのかもしれないが、澄ましているから余計に腹が立つんだろうな。

「疑問だったんですが、いつから僕の彼女に目を付けていたんですか」
「彼女は俺のサポートをしてくれただけさ」
「!?」

ぐるん、と降谷さんが振り返る。いや何もしていないですと首を振る。ただ一緒にいただけですと言えば「いつだ!?」と降谷さんが私の両肩を掴む。

「君を助けた時だがね。恋人の危機にも関わらず自我を保つとは中々出来た女だ。お嬢さん、良ければ名前を聞かせてくれないか」
「名字名前です」
「俺は赤井秀一だ」
「詳しく説明しろ!」

あと自己紹介なんてしなくていい、と喚く降谷さんの追及が私一人に向けられた時にはもう赤井さんは茂みの中へ消えて行ってしまった。きゃんきゃん元気な降谷さんを残していかないでくださいと背伸びして彼の後ろ姿を名残惜しく見る私もまた彼の嫉妬に火を点けてしまったようで。

「おい、聞いているのか名前!」

でも、ひとまず、元気そうで良かった。
はいはいと聞き流す私と徐々に大人しくなっていく降谷さん。ここがまだ一般人も目に触れられる場所だと気付いたらしい。片手で額を覆って溜め息を吐く仕種がどうしようもなく愛おしくなって、私は閉じられている世界に温もりを求める。

「ごめんなさい、降谷さん。今だけ、こうさせてください」

ぎゅっと抱きついたらくぐもった声で私の名前を呼んだ。本来表舞台に出てこない私達がこんなに目立つことをしてはいけない。でも、大事件があったせいで皆こんな光景には見慣れているでしょう。無事を祈る恋人同士らしく、余韻に浸らせてほしい。
あなたが生きていて良かった。あそこで私があなたを置いていったことが最後の後悔にならなくて。

「本当はあの場所に残りたかった。あなたの傍から離れたくなかった。でもそうするのはきっと正しい判断じゃないと思ったから、冷静に部下としての正しい行動をしました」

もしもの時は一緒に死にたいですと言っても聞き入れてもらえない。
必ず帰るからと不敵に笑う降谷さんの偉大さを私は知っている。

「降谷さんは私を守るためだと言ったけど、私も同じですよ。だから彼らと戦う道に私も引きずり込んでくれたことが嬉しかったのに。降谷さんは全然分かってない」

腕を離して降谷さんの顔を覗き込む。痛々しい傷を分かち合うことだって出来る。
私だけ無傷で待っているなんて冗談じゃない。

「巻き込んでください。覚悟はもう出来ていますから」

恋人として、部下として、どこまでもあなたについていく自信。
降谷さんのぽかんとしていた表情が解けていく。髪を掻き上げて空を仰ぐ様を黙って見守る。

「お前の方が格好良いな。守ると言いながら、今回は本当にギリギリのところだった」

悔しさは残っている。結局私は何も出来なかったし、赤井さんやコナンくんのように組織の企みを潰せるほどの力もない。だけど、何もしないお姫様よりずっとマシであることぐらい分かる。いざという時はあなたの盾になる。きっと、これを言ったらまた怒られるけれど。

「悪かったよ。お前が無事で良かった」

怪我させたな、と私の頬を撫でる手付きが優しいからずるい。すりすりと滑らせる余裕、遊び方は私がした平手打ちを物語っているようだ。ごめんなさいと小さく謝れば彼はからかうように「ん?」と催促。勝手に怒ってたこと、上司に対する無礼、またこうして小突けるやり取り。すべてが夢のようで嗚咽が漏れてくる弱さにも穏やかな眼差しが向けられる。

「泣いてもいいぞ。俺の為に流してくれる涙ならな」
「誰の心配をしていたと思ってるんですか」
「……赤井とか言ったら、殺す」
「降谷さん、性格変わりました?」

やっぱり赤井さんのこと嫌いなんですかと言おうとしたら、今度は降谷さんから抱きしめられた。
締め付けられるほどの強い力に口を噤む。地雷を踏まないようにしようと思うのに、このタイミングだとしたら私は悪い遊びを覚えてしまいそうだ。

「お前は俺のだ」

そう言ってくれる彼のかわいい嫉妬を飲み込んで抱きしめ返す。
涙を流しながら笑ってしまった私と彼のことを見ている人なんて誰もいなかった。

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