横断歩道を渡ろうとしたとき、信号待ちをする車が白のRX-7だったから私はつい足を止めてしまった。これはもう病気だと思う。記憶しているナンバーを確認してからゆっくりと運転席に目を向ける。そこにいるのはやはり知った顔であるのに、私は声を掛けることが出来ない。
隣に座るブロンドヘアーの美人が誰がとか、いつもより悪い顔をしていますねとか浮かぶ言葉の数々は届けられずに飲み込むしかなくて。
往生際が悪いのは分かっていても、信号が変わりそうだと理由をつけて元来た道を戻る。そうして少し離れたところから見ていようと、自身の首を絞めることを選ぶ。気付いていたらきっと説教だ。彼なら見て見ぬふりをするという安全かつ最善の方法を選ぶはずだから。
捨てきれない感情のままに動いてしまう私は未熟なのだろう。潜入捜査をしている彼の顔を潰すような真似、部下失格だ。助手席に座る美女とする会話越し、彼の顔をもう一度だけ見てから私は踵を返す。
今日は別のルートで向かおうと足早に歩く。お互いの立場は理解しているから、これぐらいは許してほしいと外では名前も呼べない距離を恨むのは今更のことだ。





警察庁に顔を出したのは定期に行う報告のためだった。私もとある組織に潜入捜査している身であり、進捗と今後の方向性を伝えた後、トボトボと廊下を歩いていた。
久しぶりに身に付けるスーツの感覚は未だ戻らない。定時と言われる時間は当に過ぎていたが自分の所属する課を見てから帰ろうとすれば、先を歩く背中に息を飲みこんだ。
素早く前髪と服装を整え、きっちりとした姿勢で同じ方向へ行く上司の名前を久しぶりに呼んだ。

「降谷さん、お疲れ様です」
「……名字。久しぶりだな」
「そうですね。降谷さんも報告ですか?」

顔がにやけすぎないようにするのに必死だった。この前街で偶然見掛けて以来の再会、こうして話すのは本当に久しぶりだ。

「無理していないか?お前は突っ走る癖があるからな」
「無難に熟していますよ。それより降谷さんの方が大変だって風見さんから聞いていますよ。ちゃんと休んでいますか?」

疲れているようには見えないが、それは前から感じていたことであった。部下のことは気に掛けるけれど自分のことには無頓着という印象が昔から強く、如何なる時も最前線で指揮を取る彼のことを部下も心配していた。

「風見の奴。……平気さ。何の問題もない」
「そりゃあ降谷さんは何でも出来るスーパーな人ですけど、」

私よりも遥かに危険な組織に潜入している上、最近では喫茶店のアルバイトや探偵業もしているという降谷さんに休息はあるのだろうか。
降谷さんのことが気になるあまり調べてしまうあれこれを彼の前で馬鹿正直に語ることは出来ない。潜入捜査は身柄がバレてしまってはすべてが水の泡だ。
関わるなという暗黙のルールを破っている私が独自に調べてましたーなんて笑えばもう降谷さんは烈火の如く怒るだろう。

「そうだな、名字に癒してもらいたいかな。すべてに片が付いたら」

誤魔化す笑みを浮かべている私に返す、柔らかな微笑み。本気か冗談なんて考えている暇はなかった。驚いて足を止めてしまった私を置いていく降谷さんへ「約束します」と力強く宣誓する。

「私の隣は降谷さんだけですから。ずっと待っています」

彼の元で教えを乞い、共に奮闘する日々はもう過去のことになってしまった。降谷さんが偽名を使って組織に潜入するのと同時に、私も別の犯罪を暴くために右往左往している。
同じ課に所属していると言っても会えるのは数ヶ月に一度、それもタイミングが会った時だけだ。
寂しいなんて言っていられないから、せめて彼に連れて行ってもらえるように実力をつけたい。一人で何でもやってしまう彼の背中を守れる存在に私はなりたい。

「お前は十分頑張っているよ。俺は優秀な部下を持った」

頭をぽんぽんと撫でてくれる。必死に上司の鑑だと言い聞かせるのに、彼の前だけではポーカーフェイスが保てない。見て見ぬふりをしてくれる降谷さんが溜め息を吐きながら呟いた言葉に私はまたも分かりやすく肩を揺らし、彼から視線を外す。

「ただ、外では気を付けろよ」
「……何のことですか」

おかしそうにくすくす笑う降谷さんの顔を見て熱が集まってくる。私の中に残る記憶、彼が指す出来事はこの前のあれしか思い浮かばない。
むくれる私の顔を眺めてから追い打ちを掛けてくる降谷さん。こういうときこそスルーしてくれる優しさは、残念ながら持ち合わせていない私の上司。

「俺に熱視線を送るのはやめろって言ってるんだよ」
「ふ、降谷さん!」

クールなふりも大人ぶった態度も全部剥がされる。
あなたが好きです、降谷さん。今はまだ、伝えられないですけど。

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