降谷さんからこの件に関与するなと言われていたから、風見さんに言っても許可は下りないだろうと踏んだ私は、ひとまず東都警察病院の付近を見張ることにしていた。
怪しい車はないか、張り込む人物はいないか。警察病院に易々と仕掛けてくるほど考えなしではないと思うが、可能性だって捨てきれない。奪還劇は必ずやってくる。
そう考えながら待っていたら私が今最も会いたくない人の車が駐車場に入ってきた。白のRX-7。車体が傷だらけで無茶はするものではないといつか教えたいと頭を抱える。
駐車した降谷さんは車の中から電話を掛けているようだった。その姿を見つめながら私はさあどうしたものかと思考を巡らせる。いつもの安室さんに対するテンションで突撃してしまおうか。来るなと言われても来てしまったのだから、白昼堂々説教するキャラでもないだろうし、逆に近付くなら今がチャンスかもしれない。
そう思って身を乗り出し彼に近付いていく。安室さん、と元気良く声を掛けようとしたら車のドアを閉めた彼へ近付くのは私だけなかった。

「バーボン、なぜあなたがここへ?」

前方からやってきた美女の姿に思わず身を隠す。あの人には見覚えがある。降谷さんに教えてもらった組織の女幹部。ベルモットと話し始める降谷さんは堂々としていた。私は口を抑えながらそっとその光景を見つめた。
ベルモットが手にしている黒い銃口。脅されるようにして再び車に乗り込んだ彼らは警察病院の駐車場から出て行ってしまった。
やられた、遅かった。このままでは降谷さんが危ないと思いタクシーを拾おうと大通りに出る。しかし思ったように停まってくれない流れに舌打ちをする。
降谷さんの車はどんどん遠くへ行ってしまう。彼らの居場所に予測などつかないし発信機があるわけでもない。見失ったらアウト。
唇を噛み締めて辺りを見回す私の前へ一台の車が付ける。これで追い掛けられると安心感がどっと押し寄せたのも束の間だった。
赤いスポーツカー。左ハンドルのタクシーなんて私は知らない。

「心配ならお前も来い」
「あなたは……あか、うわっ」

指を差す腕を引っ張られ、赤井さんの上を通って転がるように助手席へ。ギアチェンジをする傍らで「シートベルトはちゃんと締めてくれよ」と私へ言う淡々とした様子に腹が立ち、半ば乱暴に指示に従った。
どうしてあなたが、いいんですか、とか質問には一切答えてくれなかった。



人気のない港の倉庫の裏に隠れていた私と赤井さんはそれぞれ小型の拳銃、ライフルを手にした。
こんなもので太刀打ち出来るとは思っていない。私の腕は彼らの足元にも及ばないだろう。それでも護身用にはなる。そして今、敵か味方かは分からないが存在感のある男が控えている。
まあ、後ろから私も射殺されてしまうかもしれないので気が抜けないのだが。
後ろを気にする目を心配と取られたのか、顎で集中しろと示される。いけ好かない奴だとムッとしたが、文句を言える状態ではなかったので口を噤んだ。
このまま何もなければいいという願いは叶わなかった。静かな埠頭に響く銃声に身体を起こす。助けに行きたい。割って入りたい。安室さんを助けに来たと私なら出来るであろうと思ったが、それは妥当な手段ではない。安室さんも喜ばないことを分かっていたし、こうして一緒にいる赤井さんの考えも邪魔することになる。ぐっと自身を抑え込み、立ち上がった身体をふらつきながら再び膝を付ける。音もなく、赤井さんが笑ったような気がした。
ジンの手から放たれた銃弾がキールと呼ばれた女性の肩を撃ち抜く。手摺に縛られたバーボンが声を荒げていた。そして始まる一分間。死へのカウントダウン。私に出来ることは何だろう。どうしたら彼らを助けられるのだ。
逸る色を浮かべる私の肩へトン、と力強く感じる温もり。

「車の場所は覚えているな?捕まるなよ」

柄にもなくぞくぞくしたのはきっと恐怖に染まっているからだ。きっとそうに違いない。カウントゼロ、バーボンに向けられた銃口が放つ前に赤井さんが隙間からライフルを発砲させた。
鮮やかだった。投光器が倒れ暗闇に包まれた倉庫内。赤井さんが走り出したと思ったら、扉が開く音とすぐに中から「追え!」ときつい声が飛んだ。何が起こったのかと整理する前に私も地面を蹴った。



赤井さんはすごい人ですよ、降谷さん。
そう言える状況でもなく、仲間に彼らの無事を確認する車内で私も今後について考えていた。
公安に問い合わせをしたところ降谷さんの指示で被疑者の女は警察病院を出て東都水族館に向かっているらしい。水族館に着いてから合流を試みた方がスムーズだ。もちろん、誰ととは言わないが。
了解、と短く言った後に電話を切った赤井さんの顔を見る。

「では、私はここで」
「どこへ行くつもりだ?」

しかしこの人、降谷さんとはまた違った意味で絵になる人だ。渋い男の魅力と言うのだろうか。個室に響く低音に身を捩りたくなる。見つめられる視線から逃げたい一心でそそくさと会話を切ろうとする。

「東都水族館です」
「なら目的地は一緒だ。乗っていけばいい」
「結構です」

車の扉を開ける。あの時は夢中だった。その理由を知らせるために、もう一度振り返る。

「私は彼のことが心配だったからあなたの誘いに乗ったまでのこと。ここから先は別理由ですから」
「警戒心を失わないのは良いことだが、少々遅すぎやしないか?」

フッと赤井さんが笑う。バカにされたような気がして唇を尖らせる私の反応が遅れたのか、彼の動きが素早いのか。
半身を外に出していたのがあっという間に引き戻される。

「手の届くところにいることに変わりはない」

狭い車内、抱き寄せられる身体。そして極め付けには耳元で囁かれる言葉に熱くなった。
赤井さんが何を言っているのは知らないが、少なくとも注意される筋合いはない。

「あまり男に心配をかけるなよ」

上昇していく怒りをぶちまけるようなことはしない代わりに少々無理矢理に手を振り払って強めに車のドアを閉めさせてもらった。まだ五感に残る彼の熱に浮かされながら今度こそ自分でタクシーを拾うために歩き出す。
良い人なのか、悪い人なのか。判断がつかないけれどあのからかうような素振りは好きじゃない。

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