一度警察庁に戻ってきた私はすぐにでも話し合いをした方がいいと思ったのだが、彼の背中が拒絶をしていることに気付いていた。多分降谷さんは今、私に言うべき指示を選んでいる。それでもなお私は彼のスーツを引っ張る。振り返った顔は組織の時にする目だった。臆せずに「コーヒーでも淹れてきます」と穏やかに始める。
「いや、必要ない」
ばっさりと切り捨てるのも何となく勘付いていたからわざとそうですか、と気にしないふりをして私の仕事を始めようとする。女が落ちた場所から逃げたであろうルートを洗うために地図を広げていたら、それはお前がすることではないと制される。後ろから抱きしめられるような近い距離。被る殺気には、同じものを返す。
「お前は何もしなくていい」
「それは、今回の任務には加担するなということですか?」
「ああ」
予感は的中。苦しそうな物言いをする彼へは先手必勝。主導権を握るために私は冷静なふりをして問い掛ける。
「まず、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「お前はまだ組織に潜入していないから、今ならまだ無関係で通せる。しばらくは安室透にも近付かなくていい。最近は忙しくて会えなかった、何も知らないと白を切れ」
「……なんですか、それ」
では私が安室さんと一緒にいる意味は何なのだろうか。
まだ、まだ、と言うけれど。そのタイミングを窺っていたのは降谷さんだし、私から急かさなかったことも自覚している。ぐっと握りこぶしを作る。
「そんなのおかしいです。だってそれじゃあ、誰が降谷さんを守るんですか」
「俺は個人で動く」
「私も行きます」
私を組織を追う側に任命してくれた時、本当に嬉しかった。
安室さんの恋人役として傍に置いてくれたことは背中を預けることにも繋がると思った。
強い視線を送っても彼は首を縦には振らない。
「……お前を守りたいんだ」
その場に誰もいなかったからだろう。片手で私の肩を抱き寄せ、ぎゅっと腕に閉じ込める。溜め息と、分かってくれと言いたげな態度。組織にノックだとバレる危険性、早急の対策。相当参っていることが窺える。私への説得に使う時間も労力も割かせないでくれと言う裏が取れる。
「何も分かっていないです」
名残惜しく自分から離れた私へ掛けられる言葉はない。
お互いに口を開かないまま、廊下からバタバタとこちらへ向かってくる複数人の足音が引き金だった。話を遮られる前に、これ以上彼の顔を見たくはない。
「降谷さん、名字。戻っていたんですか」
風見さんが部屋に入って来て、降谷さんが一瞬そちらへ気を取られるタイミングで、私は彼の頬を打った。
「降谷さんなんてどっか行っちゃえ!」
ばか、とはとても言えなかった。上司に対して何て態度を取ったんだと思うが、私を信頼してくれていないのが悪い。
この事件はもう、私も個人で動く。制する風見さんを振り切って部屋から出る。
「風見、指示はこちらから出す」
「え、降谷さん!?」
別ルートで彼も警察庁を出たことも知らず、私はただ彼への怒りをこの事件解決に向けるエネルギーに変えようと必死だった。