給湯室で自分用のコーヒーを淹れていた背中から聞こえた「名前、俺にも」というラフな降谷さんの声掛けに頬が緩んでしまった。伸びをしながらやってきた彼のために作るインスタントコーヒーはいつだって緊張する。だって喫茶店でアルバイトをする降谷さんの方が絶対美味しいものを作るに決まっているから。
何となくで作ったマグカップに注いだ液体を手渡せば降谷さんはありがとうと言いながら壁に寄り掛かった。受け取ってすぐに戻るつもりではないらしい。その姿勢に私も倣って狭くなった隙間に二人、顔を合わせて笑みを零す。

「今夜空いてるか?」
「仕事が終われば」
「同感だ」

スーツ姿の降谷さんが警察庁に顔を見せたのは久しぶりだった。溜まった事務処理や報告に追われる彼の顔には疲れが滲んでいるようにも見えた。素直に打ち明ける降谷さんではないけれど、控えめに伸ばした手を避けるつもりもないようで大人しく私は降谷さんの頭を撫でることが出来た。
かわいい生き物だとふわふわした髪の感触を楽しんでいたら、ガッと手を掴まれる。危ない、コーヒー零しそうになった。

「飯行くから絶対終わらせろよ。その後も帰さないから」

ぐっとマグカップを煽って気合十分になる彼をまっすぐに見られない。言葉を素直に受け止めて仕事中らしかぬ顔になる私への仕返しだったのか、降谷さんが優しく私の髪を撫でていた。言葉に詰まる。嬉しくて恥ずかしくて、敵わない。

「降谷さん!ここにいたんですか」

じゃれついていた私達の間に入る切羽詰まった声。すぐに切り替える降谷さんの声もいつもの上司らしいそれだった。流しにカップを移動させ、風見さんの後ろからも続く人員に経緯を訪ねれば、ずいぶんとまずいことになっていた。

「風見さん、サーバー室へは私も行きます。降谷さんは、どうか待っていてください」

組織の人間がノックリストを盗み出そうとしている。まさに今、と教えてもらって頭が痛くなった。ずいぶんとギリギリではあるが追い詰めるチャンスだと自信に変えている風見さんを先頭に一同は敵がいる部屋へ向かった。
対象は女。何が何でも捕まえなければならない。

「そこまでだ」

暗がりの中で佇む一人の女が照明の光を浴びる。拳銃を向けて取り囲んでみるも女の方が上手であった。薙ぎ払うようにしなやかに手を加えていく侵入者に簡単に逃亡を許してしまった。発砲しようか迷っていた私は体勢を整えながら後を追う。
廊下を曲がった先、対峙していたのは降谷さんだった。

「だめじゃないですか、降谷さん!」

名前呼んでから気付く。いけない、奴が情報をどこまで握っているか分からないのだから不用意に叫ぶものではない。
拳銃を構える風見さんの先、銀色の髪を輝かせる女は不敵に笑いながら再び背を向けた。窓ガラスを割り正門の方に走り出してしまう。逃亡方法について考える暇はなかった。
一目散に駆け出した降谷さんの後を追い、自分も連れて行ってくれるように目で訴える。

「ついてくるなら早く来い!」
「はい!」

助手席に乗り込んですぐ降谷さんが愛車にエンジンをふかす。猛スピードで加速して首都高に入っていく車が三台。
私はただ降谷さんの無事を祈る一心でしがみついていた。

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