廃墟となったビルを訪れた深夜。私が追っていたターゲットに呼び出されてここに足を踏み入れたのだが男の姿は見えなかった。一つ一つ部屋を確かめていく面倒臭さに嫌気が差しながら慎重に進んでいく。
正解が出されたのは窓も壊され月明かりが差し込む部屋の中心で電話を掛けようと佇んでいたときだった。ガチャリと鍵の閉まる音。私の頷きが届いたかのように汚いノイズが流れてくる。

『忌まわしき公安の犬め』
「あら、やっぱり気付いていたの」

泳がされていたのは私の方だったのか。ここまで来たらもう正体を隠す必要はない。

「一応聞いておくけれど、大人しく私に捕まる気はない?」
『お前が賭けに勝ったらな』

男が示す部屋の隅。並べられた机の上に一つの小型の箱があった。簡素な作りでボタンが二つ付いているだけの小さなそれ。手に取ったタイミングで告げられる正体。

『それが爆弾の解除装置だ』
「爆弾!?そんなものどこに……」
『見てきたのだろう?地下にいる人質がいる部屋とお前がいる場所に仕掛けてある』

探索しているとき、私以外の人間が存在していた。鍵の掛けられた部屋にいる数人の人質。彼らの首元には得体の知れないチョーカーのようなものが巻かれており、推測するにあれは爆弾の一種だろうと考えていた。

「このビルとも破壊する気でしょう?その手には乗らないわ」
『君と彼ら、どちらかを助けてあげよう』
「……」
『赤が君を助け、青が一般人を救う。さあ、どちらを選択する?』

なんて愚かなのだ。おそらく起爆装置は彼の手の中。迂闊に動けないし部屋を出ることが出来なければ何の役にも立たない。散々裏社会で好き勝手している奴らに説得も無駄だろう。

「あんたの仕掛けた罠に乗る気はない」
『では俺が終止符を打ってやろうか。……あと三分』

始まってしまったカウントダウンに唇を噛み締める。私にもっと巧みな話術があれば良かったのか。
今更こんな後悔をしても遅いから先へ進むしかない。

「私が死んだら人質は助けてくれるの?さっき外にいた仲間が手に掛けることもあり得る」
『あいつも人質の一人だ。このビルにいる限り逃げ場はない』

もしかしたら爆弾はあちこちに配置されているのだろうか。ああもう、どうしようもない。黙り込む私をあざ笑う声。

『覚悟は決まったか?公安の犬め!俺達を嵌めようとするからこうなるんだ!』
「そんなの決まってるでしょう」

犯罪者に屈するのなんて御免だ。最後まで苛立たせてやりたい一心で笑みを作る。
泣きそうな表情、思い出すのは最愛の上司。

「別れの挨拶はもう済ませてきた」
『殊勝なことだな』

カチッ、とボタンを押下する音。私は目を閉じてその時を待った。
時間配分はあまり得意ではなかったから、ターゲットの震える声で三分後を予期した。未だ静まり返る廃ビル。

『おい、お前……何をした』
「やっぱりカメラ関係は仕掛けていないのか」
『答えろ!今お前が押したボタンの色は……』

ニヤリ、私の歪んだ三日月は見せてあげられない。凹んだボタンが示す色は、もちろん私が助かる道だった。

「赤」
『チッ……!』
「無駄よ。そちらは爆弾処理班がすでに対応している」

これも一種の賭けであった。男の言葉が嘘だったら私は死んでいた。地下の方は仲間達が必死になって救出にあたってくれているはずだ。
そして私が閉じ込められた部屋の扉を蹴破る音がする。多分、男が違う情報を流していたら間に合わずに私は爆発に巻き込まれていた。
運良く助かった。ギリギリの綱渡り、自分が囮になって時間を稼ぐという作戦は成功した。安心感を伝えたかったのに、力が入らなくなってしまう。

「なんで、ここに」

私の目の前にいる人は、スーツ姿の降谷さんだった。公安モードの彼、私の上司。
本来ここにいるはずではない人物の登場に目頭が熱くなる。降谷さんは私の目の前までずかずかと歩み寄って来て小声で「まだ終わっていない」と戒めた。
そうだ、また追い詰められていない。携帯を確認すれば仲間からの報告が入っている。
薄汚れた放送機具へキッと睨みを効かせる。

「○○ホテルの最上階、あんたの逃げ場はない」
『どうして俺の居場所を!?』
「爆弾を仕掛けたビルで音声のみと来れば首謀者は高みの見物。密談に使う場所はすでにリークされている」

ゴーサインを出したのでスイートルームが開くのは時間の問題。焦り始める男に冷静な判断力はなく、さらに追い打ちを掛けるのは降谷さんだ。

「侮ってもらっては困る。俺の部下だ、有能に決まっているだろう?なあ、公安のお姫様」
「柄じゃないし誤解を招くからやめてください、降谷さん」

それにお姫様と呼ばれているのは降谷さんの方ですよと言えば不思議そうな顔をしていた。
だから私はむしろ騎士ですと胸を張って彼の前に立つ。馬鹿にしたように鼻で笑われた。

『まだだっ……まだお前らを殺す手段は残っている』
「来い、名前!」
「は、はいっ」

和やかなムードが瞬く間に煙幕に吹き飛ばされる。降谷さんに手を引かれて走り出した私達の後ろで数回の爆発音。天井から落ちてくる鉄屑からも守ってくれる降谷さんの力強さに悲しくなった。こんなことを望んだつもりはなかった。ヒーローらしく助けてくれるなんて、本当は来てほしくなかったのに。
外に出て風見さんをはじめとした他の警備企画課の人達に取り囲まれる。無事を確認してから病院へなんて案内をされる中で私は降谷さんの胸元を引き寄せた。お礼を言う前に、私達の立ち位置をはっきりさせたかった。

「なんで来たんですか?私の領域まで犯してあなたにまで危険が被ったら……」

もしもターゲットが降谷さんにとって不利益な情報を握ったら。組織の人間が絡んでいたら。
疑われたとしても他の何もかも犠牲にして私を選んでくれたとしたら。

「お前なら上手くやると思っていたが、もしものことを考えたら居ても立っても居られなくなった」

私も同じことをしていた。だって心配だもの。あんな風にさよならを言われてもう二度と会えない人になってしまったらこの世界を恨んでしまう。
ねえ、本当に、いつも惚れ直してしまうんです。

「無事でよかった、名字」
「……すみません、ありがとうございます……!」

任務成功を果たした部下を労うつもりで抱き寄せられた降谷さんの腕の中で私は涙を流した。

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