conan | ナノ


お気に入りのケーキを堪能していたとき、事件は起きた。甘いはずのクリームとスポンジが口の中で途端に変貌を遂げたかのように私は苦い顔をしていたはずである。

「食べてる姿ってエロいですよね」
「……」
「すごくそそります」

爽やかな笑顔で紅茶を飲みながらそんなことを言う目の前の男。先程から近くのテーブルにいる女性達の視線を独り占めしている彼が
こんな奴だということを頬を赤らめている彼女達に教えてあげたい。
昼間からとんでもない奴ですよ、こいつは。

「何か言ってくれませんか?」

私はごくん、と大袈裟に喉を鳴らした。
そして苛立ちを示すように音を鳴らしながらフォークを皿に戻す。

「悪趣味」
「君限定ですよ」

にっこり笑顔に寒気がした。歯の浮くような台詞を言う人ではあったがまさかここまでとは。まったく嬉しくない言葉を紛らわせようと飲んだブラックコーヒー。黙ってこちらの様子を窺う安室に対して、私は引っ張りたくない話題を自分から引き延ばしてしまった。

「どうでもいいけど、思っていても言わないでくれる?」
「ほう、思うことは自由だと?」
「言っても聞かないでしょ、あんた」

眉根がピクリと動いたのは私の方だった。推理するときのような顔は正直苦手だ。
何もかも見透かされている視線から逃げるように乱暴にフォークを掴んだ。
ケーキの山を崩し、そのまま彼の口元へ運ぶ。

「んぐっ、何ですかいきなり」
「美味しい?」
「ええ」
「良かった」

澄ましたような態度に返ってくるのは納得の微笑み。やっぱり照れ隠しをそのままにしておけるほど彼は優しくない。ご機嫌な安室がメニューに目を通し、その後入口近くのショーケースに視線をやる。

「……何を考えているの?」
「いや、僕も頼もうかと思って」

私の食べ終わりそうなタイミング。先程までこの後は映画に行こうとか話をしていたので、この場面で彼が押し通すのが物珍しく私はへえ、とひょっこり顔を彼の後ろから出す。
そんなに食べたいものがあったのかという好奇心が、安室の少し照れた姿に一気に下降する。

「そうしたら名前にあーんが出来る口実が」
「却下」
「何がいいですか?この季節限定のとか」
「人の話を聞いて、安室」

やっぱり元凶は私だと思えるほどの清々しさ。彼を黙らせる目的が余計に加速させてしまって私は収拾がつかないことを薄々勘付いていた。
こうなる彼は止めらない。口で敵わないことはすでに経験済みだ。

「ああ、僕の手作りがいいなら早く言ってください。店に試作品がありますから」
「あるのかよ」
「今凝ってるんです」

行きましょう、と伝票を持って立ち上がった。安室がさっさと会計を済ませてしまう
背中を見ながら私はゆっくりと帰り支度をする。対抗する意味も分からないし何にそんなに火を点けてしまったのかも分からないけれど、自身に収束をつける方法なら学んでいた。
意気揚々として外に出る瞬間で、私はぎゅっと彼の腕に抱きつく。恋人同士のような甘さに彼は弱い。それも私からされるのは格別らしい。

「甘いねぇ、安室」

零れた言葉は彼の耳に入らないように。性格悪い女だと思われたら私が嫌だから。

「お腹いっぱいだからまた今度ね」

全身で愛する仕種で擦り寄る頬に手が添えられて、今にも唇を奪いたいのを必死に堪えている安室が拗ねた声音を出しながら誤魔化すように頭を撫でる。

「……一人で満たされないでくださいよ」
「うん、だから家に行こう?思いっきり甘やかしてあげる」

何でもしてあげると挑戦的な笑みはそれ以上の迫力に飲み込まれる。
ぐいっと顎を掴まれて「訂正させませんよ」だなんて足取り軽い彼と恋人繋ぎで歩き出す。
いつだって彼のハートの中心には私がいる、その逆も然りだということをケーキのご馳走のお礼にこの赤い頬を持って証明させよう。



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