conan | ナノ


風見さんに掴み掛ってようやく押さえた情報だったが、もしかしたら空振りだったかもしれないと先に帰っていく姿を見送りながら私は何度目か分からない溜め息を吐いた。
フロアに残るのは私一人、もう残業も放棄したのでパソコンの電源はとっくに落としていた。書き途中だった報告書も形になっているので提出は明日に回ることにする。
見渡しても誰もいない、会いたい上司は寄らないのかもしれない。
降谷さんが警視庁に来るようだと小耳に挟んだ私が彼を待つように残業をする姿を風見さんは少し気まずそうだに見ていた。それはそうだろう、私は部下である以前に彼の恋人としての位置にいるのに連絡一つないのだから。
組織に潜入している、ポアロでアルバイトをしている、毛利探偵の弟子にもなっている。すべて自分で調べたことであり、彼から言われたことは一つもない。それはすべて安室透として行っていること。私が属さない領域。ねえ、降谷さんは、寂しくないんですか。

「……帰ろうかな」

報告に来てもこの警備企画課に顔を見せるとは限らなかった。携帯はメッセージを受信していない、つまりそういうことだ。
私が着替えようと机の周りを片付けていたとき、扉が開く。もう諦めていた涙を浮かべる情けない姿でも笑いに来たのか。降谷さんが顔を覗かせて驚いたようにこちらを見ているので、私はつい、怒鳴ってしまった。

「何やってたんですか、降谷さん!」

駄目だな、彼の負担になることはしたくなかったのに。気丈に振る舞って、健気な女を演じられる器用さは持ち合わせているつもりだったのに。久しぶりに降谷さんの顔を見たらやっぱり我慢できなかった。
危険な潜入捜査、リセットしているつもりなのは分かるけれど置いて行かれる者の気持ちは考えたことがあるのか。
ずっと待っていた、これからも待ち続けるつもりだ。だけど、どうしても、寂しいのだ。

「私、私は……え……?」
「どうしてまだ残っているんだ」

耳元で聞こえる苦しそうな声。抱き締められていると気付いたのは懐かしい彼の香りがしたからだろうか。
こんな時間でも着崩さずにスーツを身に纏うストイックな降谷さんの仮面が少しずつ剥がれていく。目がギラついていると気付いていても私はそれを咎めることは出来なかった。
数ヶ月ぶりに会った私へ舌打ちをして、彼はそのまま私の手を引く。どこへ連れていかれるのだと強引な彼に黙ってついていけば、何故だろう。男子トイレの個室に連れ込まれるまで私は文句を噤んでいた。
かちゃりと後ろ手で鍵が閉まられて、狭い室内で私は便座の上に座らせられる。深い呼吸で見下ろしてくる彼へスッと目を細めて、ようやく言葉を投げ掛ける。

「二人で話したいならもっと他の場所があったのでは?」
「あそこにはカメラがついているし仮眠室は誰が来るか分からない。安心しろ、すぐに済ませる」

どちらにせよ長居は出来ないと言う降谷さんにまた腹が立つ。都合の良いように使われるのは正直面白くない。
無理矢理に愛されるのならば殴ってても止めてやろうと思っていた。それが勘違いだと彼を信じることも出来ずに、久しぶりに触れた唇の感触を確かめるのはお互い様だった。

「……んっ……!あっ……!」
「名前、名前……!」

荒々しいキスに腰が砕けそうになる。刹那の逢瀬は良からぬことを想像させるから嫌いだ。捻じ込まれる舌に応えようと必死に絡み付くために腕を伸ばして彼の首元に巻きつける。
さらりと揺れる金色の髪も焦げた肌もずいぶん前に触れた気がして涙が出そうだった。小さな声で降谷さん、と呼び続ける。名残惜しく離れた唇が薄く開いていた。
言葉よりも先に降谷さんの指が私のワイシャツのボタンを乱雑に外していった。

「や、やめ……!」

いくらこのトイレが警備企画課に一番近い場所だからと言って誰も来ないという保証はないしここでこれ以上の行為は吐き捨てるものと同じに思えた。邪魔をする私の腕を掴み上げて、降谷さんがまじまじと胸元を見つめる。付けられたキスマークはだいぶ前に消えてしまったし下着の色だってちゃんと覚えていない私はぎゅっと目を瞑って彼の意志を待つ。はあ、長くて重い溜め息は解き放された様。

「まだ名前は俺のものだな」

言葉の意味を理解して引っ叩いてやりたい衝動に駆られた。何を言っているんだ、と再び
怒号を浴びせてやりたかったのに、降谷さんのすごく安心しきった、切ない表情にノックダウン。
肩口に顔を押し付けてくる彼の意地っ張りなところに免じて「当たり前じゃないですか」とだけ返しておく。
寂しかったと素直に言えない彼のプライドにはまだ何も言わないでおこう。
擦り寄る彼の頬も意地悪な舌先もどうせすぐに過去のものになるのだから、今だけはドラマチックなヒロインを堪能させて。


title by Sprechchor



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