conan | ナノ


捕まえました、と耳元で聞こえたとき私の息はすっかり上がっていた。背中に感じる熱は私と違って疲労の温度は感じられない。整える息遣いを待ってくれているのだろうかと最初は思っていた。
背後に佇む恋心を具現化したような存在がゆっくりと近付いてきて、触れる。

「もう限界なんです」
「っ……!」

両肩に手を置き私を引き寄せる子犬のような仕種はわざとだったらお見事だ。私のハートはすでに撃ち抜かれてしまっている。
後ろからでもすでにバレている赤い顔を見せることが出来ずにいたら、その体勢のまま
安室さんの舌が私の耳を舐め上げた。品定めするかのような一舐めに震え上がる私が前方に身を曲げればそうじゃないですと彼が抱きすくめる。

「やっと触れられました。恥ずかしいからって逃げないでくださいよ」

恋人なのに、と拗ねたような甘えたような声。
ずるいとか計算高いとか本当だったら真正面から色々言ってやりたいのにこんな風に抱き寄せられたら何も言えなくなる。どうせすぐにいなくなるんでしょ、と普段から色んな顔を持つ彼を心配する声が私の寂しさとなって八つ当たりになる。
それなら最初から何もいらないと手を伸ばす彼から逃げたのが最初だったか。いつしか安室さんの顔をちゃんと見られなくなってしまった。優しいまなざしも意地が悪い台詞も私には刺激が強すぎる。いつか消えてしまうかもしれない痕跡なんて寂しい夜には堪えられない。

「名前が不安がる気持ちも分かりますが、僕があなたの前からいなくなったことなんてないでしょう?取り苦労もいいところですよ。こんなに愛しているというのに」

安室さんの声があまりにも切ないものだから、私はつい振り返ってしまった。

「むしろ僕の方が、心配なんですよ」
「え?」
「好きだとも言ってくれない。キスをしようとしたら逃げられる。男としてこんなに夢中になっているというのに、対してあなたは」

おろおろ狼狽える私を前にして安室さんは続ける。優男と称される彼に相応しい、いじらしくて本能をくすぐられる仕種に、気付いたら私は全力で否定していた。

「僕のこと嫌いですか?」
「ちがう!」

逃げ回っている私が言えたことではない。フッと口元に浮かべた笑みに、私は早くも後悔していた。
安室さんが私を好きなことも、私が安室さんを好きなことも双方認知している事実。一歩踏み出すのは、私が彼の想いにきちんと応えていないからだ。
積極的な要求を出来ないと首を振る私をもう泳がせるつもりはないらしい。

「そんな顔も好きですよ。でも、僕にも限界というものがあります。優しいだけでは名前のためにも僕のためにもならない」

トンッ、と静かな動きで私の背中が壁にくっつく。安室さんの片手は壁へ。押し付ける彼の色香がぐっと近付く。好きな人の壁ドン効果は私にとって、毒だ。

「言ってください」

降ってくる声音はとても柔らかくて丁寧なのに、有無を言わさぬ指先が私の頭と髪を撫でている。そのまま下降して頬のラインをなぞる。顎に掛けられた辺りで私は彼の腕辺りをぎゅっと掴み、自ら顔を上げた。

「透さん、好き……です……」

消え入りそうな声と林檎のような顔を安室さんに向ける。言い終えればすぐに胸の中に飛び込んでくる照れ隠しも含めて、

「……ものすごい破壊力でした」
「ううう、恥ずかしい」

安室さんが喜んでくれるのならば、もう少し頑張ってみようと思う。
こんなことで足踏みしているのに彼はそれさえ愛おしいと言ってくれるのだ。

「恥じらう姿も男は大好物ですから」
「ん……、うっ……!」

抱きしめられて熱い口付けを交わす。力の籠る彼がなかなか離れてくれないので私はいよいよまずいとこの後の予定のことを考え始める。確か彼はまだ仕事があったはずだ。
私を自身の身体で隠すように密着させて、空いた片手が私の胸辺りをまさぐり始めたので、ぱくぱく動く唇に音を乗せる。ノッてきてしまった安室さんの息が掛かる。

「はあっ……」
「あ、安室さん!ストップ!」
「なぜですか」

不服そうな彼を殴ってやりたいけれどそんな度胸なんてないしおそらく返り討ちにされる。
そして怒涛の説教コースだ。元はと言えばあなたが逃げなければこんなことには、とか何とか。

「誰が来るか分かりませんから!ここじゃなくて、えっと」
「他ならいいと?」
「……お付き合いします」
「!」

だから、なんてもじもじ羞恥心を捨てきれない私が悪いのか。

「ですが、もう少しだけ」
「……あっ、ちょ」

喜ぶ彼の表情を可愛いと思っていたらまた噛みつかれて、私は彼を飼い慣らすことはきっと一生出来ないんだろうなと再び動き出す安室さんの手を離せずにいる。



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