歩きで迎えに行くと書かれたメールを受信した昨夜から気が滅入る思いだった。バイクならば必要以上に話すこともないしくっ付いていれば向こうも満足するから楽だ。
待ち合わせ時間の十分前には支度を完了させていて、早めに着いたと連絡をくれる彼への対応も可能にする私は、正直のところいつまで続けられるのだろうと不安になる。
一回の失望が別れにも繋がるような気がして我儘も言えない。当然だと無言で笑う彼へ、今日も私はあなたの為ならばと淑やかな彼女のふりをする。

「おはよう、名前」
「今日もお迎えありがとうございます、泉くん」

ありがとう、ごめんね。私が必要以上に使う言葉だ。
素直な子は嫌いじゃないと言う彼への機嫌を伺ってしまう故の癖なのだが、泉くんは気付いていないようで礼儀正しいと褒めてくれる。
今日はいつもの早朝ランニングは済ませてきたようで少しだけ遅い登校になる。それでもラッシュ時よりは早いおかげで学生は見当たらなかった。入念に確認してから彼は私の手を取って歩き出す。素敵な彼氏だと自慢したいわけではないけれど、人目を気にする大変さを私は毎日味わっているようで息苦しくなる。
元モデル、現アイドルという肩書を持っている泉くんは格好良くていつもファンが付き纏っているから、秀でたところのない私と付き合っていることが不思議でならない。もっと可愛い子とか色気のある子はたくさんいるのに、どうして私なのだろう。
朝練だろうか、数人の女子高生の足音が背後から近付いてきて、泉くんがパッと手を離して退く。先輩と後輩の違和感のない距離を保ち、他人が通り過ぎてからこちらを振り向いたときには分かってるよね、と肌で感じる圧力。
理解している。アイドルである彼にスキャンダルは厳禁。重荷になるリスク、二人で並んで歩くことを選んでくれているのは彼のプロ意識からかけ離れているから、大事にされていると思うのだけれど。

「名前、もっと背筋伸ばしなっていつも言っているよね?」
「ごめんなさい」

泉くんに任せて私は堂々としていればいい。そうやって割り切ることもできずに下を向いてばかりの私を諭す泉くん。自信がなくて猫背になる私の背中を叩く彼の厳しさを痛いと感じるようになったのはいつからだ。

「放課後はユニット練習があるから。どうせ名前も他ユニットのプロデュースでしょ?」
「うん。今日はRa*bitsです」

仕事に私情は挟まない彼は私をあまりライブに呼ばないから、彼のアイドル姿を見ることは数えるほどしかなかった。私がプロデュースをしたいと言えば考えてくれるのだろうが、噂されるのも嫌だったし、いつか彼が私を頼ってくれる日まで待とうと思っている。
今はあんずちゃんという力強い味方がいるわけだし、専属と言うわけではないけれどKnightsは安泰だ。
私は蚊帳の外でいい。隣には泉くんがいてくれるから。

「と言うわけで帰りは別々だから、お昼は一緒に食べようね」
「……はい」

嬉々とした表情に、手を繋ぐ力が込められる。覗き込んでくる優しい視線は学園に着く前までだって知っている。
ああ、楽しみにしていたデザート付きのランチは諦めるしかないな。楽しそうな泉くんの話はあまり耳に入らなかった。



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