一人で閉じ籠っていた音楽室に鍵を掛ける。ギターを背負い、色んな感情が詰まった鞄を手に私は軽音部の部室を叩いた。
逃げなかったようじゃな、と朔間先輩に迎え入れられたときには正直足が竦んだ。自分の実力を試す機会だと豪語したが、本当にそんな資格はあるのだろうか。そもそも挑むほど私に価値なんてない。私がどんなに頑張ったところで何も変わらない。

「はいはい、朔間さんもそんなに名前ちゃんのこといじめないでよね〜。ま、俺がその分優しく慰めてあげるけど!」
「我輩を悪者にするとはのう。それにしても薫くん、いつもそのぐらいやる気を出してくれんか」

無理無理、そう言い切って私に向き直る羽風先輩が手を出してくる。どうやら荷物を置いてくれるようだ。
ギターはこっち、鞄はこっち。名前ちゃんはここ、と自分の隣の席まで開けてくれる彼のスマートさに圧倒されつつ私は内心では少し嬉しかった。羽風先輩は女の子好きで有名だから私に優しくしてくれるだけだって分かっているが、こんな風に必要とされるのは、私がもうずっと前に望んでいたことだった。

「さて、始めるかのう。名前ちゃん、指揮を取ってくれ」
「わ、私がですか?」
「おぬしはプロデューサーであろう?アイドルを導くのもまた務めじゃ」

完全にお客様気分でいたから不意打ちを食らった。頼りはプリント一枚、それも力が籠ったせいで皺がついている。何からすることが最善なのか、まったく分からなかった。
こんなことなら他のドリフェスをちゃんと見ておけば良かったと最初から躓くぐらいには、私は無知だったことを早くも後悔する。
プロデューサーとして手配することもたくさんあるだろう。ステージ構成、セットリスト。あんずちゃんは衣装の制作もしていると聞いた。私に何が出来る?

「ゆっくりでいいよ。決められるところから話し合っていこう」

ぽん、と羽風先輩の手が私の頭を撫でる。か弱い女の子みたいに甘やかされていると痛い目に遭いそうだ。目立つことは嫌いだけれどもう開き直っていこう。分からないことは分からないと、学んでいく姿勢でやっていこう。顔を上げた私と目が合い、大神は促すように声を上げる。

「どんなステージにすんだよ?もちろんロックだよな?な!?」
「落ち着け、大神。そういえば名字は軽音部で作曲もするんだろう?何かアイディアはあるのか?」
「え、えっと……」

実はと言うと朔間先輩に呼び出されて軽音部に入ってきたとき、私の中の創作意欲が湧いてきたのだ。演出も、音楽も、彼らならこんな風にやってくれるのではないかというイメージ。描かれたそれを人に見せるのは抵抗があった。なんせこうして誰かと一緒に何かをするという行為自体が久しぶりだった。

「実力行使といくか」
「ちょ、やめっ……!あっ……」

ブレザーの中に忍ばせておいたメモ帳。その場所を握り締めていたことを目敏く見ていた朔間先輩の手が弄るようにして私の中に入ってきた。簡単に取られてしまった中身を覗き込み頷いている。
身長差はあるものの取り返したい一心で私は手を伸ばした。

「ふむ、なるほど」
「返してください朔間先輩!」
「おうおうよく跳ねるのう。がんばれがんばれ」

兎宜しく飛んでみてもちっとも届きやしない。疲労する私でひとしきり遊んだ後、朔間先輩がメモ帳を渡してくれた。良かった良かった、で話は終わらないらしい。

「ちょっと朔間さんじゃれすぎじゃない?羨ましい!」

抗議する羽風先輩を前にして私と朔間先輩は顔を見合わせて首を傾げる。今のは望むべきシーンだったのだろうか。大神と乙狩くんに目配せしても興味ないと言った風に逸らされてしまう。
なるほど、彼の女の子好きは私が思う以上にすごいらしい。

「UNDEADの皆さんならこういうのはどうでしょう。幸いにもこのステージは日陰ですし人の目には触れにくくても集められるように」

ステージパフォーマンスはやっぱり見てもらわないと始まらない。激しい音楽、響き渡る叫びがあればファンはどこまでも追い掛けてくれるのでないだろうか。

「やっぱロックは派手じゃねぇよな!おい名字、爆音で演奏できるように調整しとけよ」
「う、うん!」
「楽器は軽音部のも使える。双子にも手伝わせようぜ」
「声掛けとく!」

段取りは分からないことばかりだから、今はこうして教えてもらえるのが有難かった。大神の指示をメモしながらステージを想像する。彼らの曲はまだちゃんと聞いたことがなかったら、一段落したら声を掛けて、

「名前ちゃんの曲を使うのはどうかの」

どうして朔間先輩は何でも知っているのだ。UNDEADのステージに私を組み込む一声。

「一人でも作っておったのじゃろ?披露する良い機会はここしかないぞ」

私だって、羨ましかったのだ。
アイドルの為に、ファンの為に、そして自分の為に。

「我輩たちに歌ってもらいたい曲」
「……これ、奪いに来るイメージで作りました」

みんなを笑顔に出来たらどんなに素晴らしいことだろうって。



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