いよいよその時が来たのだと悟ったのは、私とあんずちゃんが揃って職員室に呼び出されたからだ。大方業務連絡、新しい課題を出されるのは想定内。
けれど事態は私が思っていたよりも深刻らしい。

「あなた達には来月行うドリフェスを一つずつ取り仕切ってもらいます。詳細はそのプリントに書いてありますが、質問があればいつでも来なさい」

淡々と話す椚先生、渡された紙切れを見て頷くあんずちゃん。慣れた様子を見つめながら諦めている私がそこにはいた。詳細を話さなくても分かる椚先生とあんずちゃんを前にしたら私は小さくなるというよりも、もうどうしようもないと投げやりになるしかなかった。
耳に挟んだだけの単語や説明では全然分からないことばかりだが問うのも嫌だった。やりたくないとはこの場では言えなかったから、後でこっそり佐賀美先生にでも相談しよう。だってこんな、出来レースみたいなの。

「恨むなら今まで自分が怠ってきた現実を見つめ直しなさい。もっとも、あなたがそんなに悲観するとは思いませんでしたが」

うわぁ、性格悪い。思わず作ってしまった素の顔を見て椚先生がふん、と鼻で笑った。
椚先生が言っているのはこのプリントに書いてある内容のことだ。
ステージ場所はすでに割り当てられている。あんずちゃんが担当するのは所謂表舞台。注目されるメインステージで、私がやるのはその反対。その日行われるドリフェスの会場の中でもメインからは遠く、日陰になっている場所。
言われなくても分かっている。今まで課題はおろかプロデュース活動だって何もやってきていなかった私に任せられるわけがないと言いたいのだ。
実力、経験の差。悔しくて何も言い返せないのに、自業自得だと自分でも分かっている。

「それと、あなたにはもう一つ問題があります。この課題から逃げれば、あなたにはプロデュース科から出て行ってもらいます」
「……」
「そ、そんな……」

あんずちゃんがあたふたと慌てているのに、当の本人は冷静だった。いつか来るであろうと思っていたことなのに、いざ直面すると悲しくなるのはなぜだろう。
椚先生は今までの私の素行を知っているからか「普通科への手続きはこちらで行います」と安心するように言ってきた。そこでありがとうございますなんて返してしまう私を、佐賀美先生は睨んでいたような気がした。だってもう、逃げ道なんてないのだ。
ドリフェスに出るユニットは好きに決めていい、なんて、酷じゃないか。

「名前ちゃん、ねぇ……」
「ごめん。私先行くね」

助けてくれるあんずちゃんの声を突っ撥ねて私はそのまま教室ではなく音楽室へ向かった。
授業なんて出ていられない。このもどかしさを、不甲斐なさを音にして、吐き出したかった。どうせこんな生活だってあと少しでお別れだ。私に与えられたステージを彩ることが出来なければ自動的にゲームセット。思えば短い学園生活だった。

私にはもう道はない。退学するつもりでいたから何もかも無気力になっていた。だから、放課後になって朔間先輩からの電話を取ったのもほんの気まぐれだった。
きっともう会うこともないだろうから、それなら大神が言っていたステージにだって立ってやろうかというそういう投げやりさ。
軽音部に呼び出され素直に応じた私の目の前にいたのは、四人。夢ノ咲学園でもっとも背徳的と呼ばれるユニット。朔間先輩が率いるUNDEADだった。

「どういうことですか」
「おや、おぬしにしては回転が鈍いのう」

軽音部のことで用があると言った申し出を素直に受けた私が馬鹿だった。この人は何でも知っている。だがここまで根回しが良いとは思わなかった。
だって、こんな私の為にみたいなことをするメリットは、ない。言われる前に逃げてしまおうとする私が背中を向けたドアに手を掛ける。それを阻むようにして手に触れ、振り向いたところで髪を一房手に取り口付ける羽風先輩。

「会いたかったよ、名前ちゃん」

甘いボイスはとても魅力的だが、出来れば対面したくはなかった。パチンとウインクしてくる羽風先輩の後ろには舌打ちをする大神。

「ケッ、見境なしかよ。羽風……センパイ」
「乙狩アドニスだ。よろしく頼む」
「一緒に頑張ろうね、名前ちゃん」

大神の横に立っていた隣のクラスの男の子が近付いてくる。丁寧に自己紹介をして、乙狩くんの言葉に詰まる。見兼ねた羽風先輩が追い打ちをかけて来て、「私は、別に、」とようやくしどろもどろに発した。

「可愛い後輩へ、我輩からの挑戦状じゃ」

彼らの奥、誰もが振り向いた先にいた朔間先輩はいつもの寝起きのような気怠さはなく、鋭い眼光で私をまっすぐに見つめていた。睨み返すのに絶対敵わないという圧倒的オーラがある。
その中でもやっぱり大神は良い意味で空気を変えてくれる。

「分かったらさっさとお前の楽器持って来い!……あっ〜!協力してやるって言ってんだよ!」
「何じゃい、わんこはせっかちじゃのう」

一瞬緩んだ空気が、再び凍る。朔間先輩に見つめられると私は硬直したように動けなくなる。
赤い瞳に捕らわれるのは二度目だ。歩み寄ってきた朔間先輩が私へ手を差し伸べる。

「後は名前ちゃん次第じゃ。我輩たちの手を取るか、この学園を去るか。選ぶが良い」

朔間先輩は道を照らしてくれる導だ。眠りにつこうとする私へ再び届けてくれた招待状。
無理だと決めつけて破り捨ててしまう私の前にチラつかせる悪役ぶりも徹底している。
この人達なら、良いかもしれない。正直どこまで出来るかも分からないし、もしかしたら及第点にも到達できないかもしれない。

「才能がなければ、あなたの手で切り捨ててください」
「仰せのままに」

それでもやってみる価値はあると、私は決めた。
向いていないかどうか、本業の彼らに見極めてもらつもりだ。




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