このまま乗せられるか、自分の意地を貫くか。間近で見た朔間先輩の顔を思い出して耳の奥が熱くなった。いけない、やっぱりペースを崩されるからあの人は苦手だ。
結局軽音部を抜けることは出来なかったがそれでも変わることは何一つない。私の城はあの音楽室。いるのは私一人。それがすべてであり、あの場所で誰かと一緒に過ごすことはもうないのだ。
うん、と落ち着けたような気がする。私の学園生活に変化はない。

「おい名前!無視してんじゃねぇよ!」

だと思っていたのに。いつにも増してきゃんきゃん吠える大神に後ろから肩をぐっと掴まれた。無理矢理押さえ付けられる乱暴なやり方に簡単に身体が傾き、助けてくれたのも大神だった。
背中が大神の胸にくっ付いて、本気で驚いている私に対してさすがに悪いと思ったのか大丈夫か、と声を掛けてくれる。上から落ちてくる彼らしくない低音に胸がざわめく。これは距離が近すぎる、そう思って慌てて退いた。ぎゅう、と鞄の持ち手を握り締めて自我を保つ。

「ごめん、本気で気付いてなかった」
「ったく相変わらず鈍いな。そんなんでステージに立てんのかよ」

呆れながら私の横を通り過ぎていく。聞こえないふりをするには些か勝手すぎる内容だ。
教室行く道は同じ、私は後を追うようにして大神の後ろから続いた。

「……何の話?」
「軽音部の演奏、吸血鬼ヤローが言ってたぞ。連絡来てねぇのかよ」

携帯に届く朔間先輩からのメール。嫌な予感しかしていなかったので無視をしていたが、やっぱりそういうことなのだろうか。軽音部に入ってそれほど活動はしていなかったし、男性アイドルに特化しているとだけあって私は裏方のようなものだった。もちろん軽音部のステージでだってそうだ。男性アイドルの前で無理に演奏しなくても良いと私に気を遣ってステージ裏での担当に回してくれたのは他でもない部長の朔間先輩だった。
けれど大神の言い方だとそれをもう許さないというように。何が何でも顔を出せと言われているみたいで苦しくなる。

「出来ないよ、私には」

教室にいたって息が上手く出来ないのに、プロデューサーの役目を果たせない私なんて。

「いい加減に腹括れよ!お前は一体何にビビってんだよ!」

怒鳴り声にやめてよ、とは言えなかった。彼の言葉、唇を噛みしめる表情。大神なりに心配してくれているのはよく分かったが、言えるわけがなかった。
そんなことが出来れば今こんな現状まで悪化しなかった。所詮私は臆病者で自分が気付くのが怖いだけだ。

「私と居ない方がいいよ、大神」

変な噂されるから、と相手のことを思うように言ってから後悔をする。こんなこと言われても嬉しくない。分かっているのに、助けてと言えない私の意地。

「ばっかじゃねぇーの!」

鈍い音には振り返らなかった。大方壁を蹴ったらしい大神の追及する目から逃げるように早足になる。いつもは入りづらい自分の教室に逃げ込むように足を踏み入れて、立ち止まる。
とおせんぼする鳴上くんが噛み付きにくる大神と私を見比べて微笑む。

「あらあら、今日も元気ねぇ」

私がこんなになっても鳴上くんは変わらず挨拶をしてくれる。多分私が一人でいたいオーラを放っているから必要以上に構ってはこないが、笑いもしない私に語り掛けてくれる優しさには正直何度も擦り寄りたくなる。

「おはよう、名前ちゃん」
「おはよう」

上擦った声を悟られないように席まで向かう。まだ全員が揃っていない教室に何となく安堵する。

「大丈夫か、名字。教室まで聞こえてたぞ」
「関係ないから」

衣更くんも優しい。生徒会役員だからか、元からの性格かは分からないが一人佇む私に何度も助言をくれる。わざと冷たくしているのに笑い掛けてくれる存在がいる。
今ならやり直せるのだろうか。そんなことを、もうずっと考えている。



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