どうにかして逃げる術を考えていたが、最早私が出来ることは皆無だった。いっそのこと退学にしてもらえれば話が早い。そんな未来を想像しては落ち込んでしまうのだからまだまだ覚悟が足りていないと思う。
授業中も大神からの睨み付けるような視線を受けながら何度目かの決意をする。申し出が書かれた手紙は捨てられずに鞄の中に入っている。
皺を伸ばして、ポケットに忍ばせながら私は大神の後に続いて我らが軽音部の部室に向かった。
入学したときの私に言ってあげたい。叶わない未来なんて夢見てないで現実を見なさいと。交流関係を広げたいと思って入部した軽音部。今となってはただの幽霊部員。出来れば二度と顔を出したくなかった。

「名前さん、こんにちは」
「やっと来ましたね。今日は弾かないんですか?」

1年生の双子、葵ひなたくんとゆうたくんに迎え入れられる。顔を出さない私にもこうして笑い掛けてくれる二人の優しさに思わずくらっとこぼしそうになるが、無理矢理険しい表情を作って突っぱねる。

「呼び出されただけだから。朔間先輩は?」
「寝てますよ」

棺桶を指差され、舌打ちをしながらずかずかと歩み寄っていく大神に続く双子。

「おい吸血鬼ヤロー、命令しておいて自分は寝てるってどういうことだよ?アア?」
「名前さん来てくれてますよー」
「朔間せんぱーい、起きてくださーい」

平和ボケしていると脱力。なんだかんだ仲が良いこの軽音部は私がいなくても機能している。ここに私の居場所があったときもあったのに、去っていったのは私からだった。だから、今さら欲しがってはいけない。私もあんな風に輪の中に入って、からかうような声を掛けたいだなんて思っちゃいけないんだ。
けじめをつけたい。この場所にはもう、私の未練はない。

「名前の嬢ちゃん、ちゃんと我輩に顔を見せておくれ」

久しいのう、と棺桶から手招きするのは朔間零先輩。私を呼び出した張本人だ。見つめられる目から逃げ出したい一心だったが、堪えながら私は近付く。感嘆の声を漏らしながら私を見上げてくる朔間先輩の赤い瞳は、苦手だ。

「よく連れて来てくれたのう、わんこ。褒めてやろう、よしよし」
「俺様は犬じゃねぇ!つーか気色悪ぃから撫でるな!」
「貴重な部員じゃし、名前ちゃんにはもっと積極的に活動して欲しいんじゃけど。そんなにプロデュース活動が忙しいか?」
「……」

黙っている私に対して、更に首を傾げてくる辺りが気に食わない。この学園のことなら何でも知っている情報通の朔間先輩だ。私の現状もお見通しの上で、挑発するようなことを言っているのだろう。
放棄している私が走り回っているわけがない。アイドルのプロデュースに関わったことなんてないのだから。

「時間は待ってはくれんぞ。こうしている間にも輝かしい青春は過ぎ去ってしまう。我輩達と今一度楽しむ気はないのかのう?」

部員の皆で曲を作ったり、演奏したり。そう言った活動をしていたときもあった。楽しかったし、キラキラしていた。

「でないと、孤独で潰されてしまうぞ」

だけど、私の今の居場所はあの最果ての音楽室だ。朔間先輩が牛耳るこの部室ではない。
立ち上がっている朔間先輩を睨みながら私はもう何度も差し出しているそれを手にして、彼に向けた。退部届と書かれたそれは顧問ではなく部長権限でどうにでも出来るというのだから、本当にこの学園は恐ろしい。これが私が席を起きながらも幽霊部員として軽音部に居座るしかない理由だ。

「これ、受け取ってください」
「断る」
「朔間先輩!」
「これ以上人数が減っては適わんからのう。これも部長命令じゃ。おぬしの退部は認められん」

この人の考えていることは分からない。可愛い後輩だと言って笑い掛けてくれる裏の顔があるに違いないと勘繰ってしまう。なのに、こうして離れていく私を引き止めてくれるのもやっぱりこの人なのだ。

「逆らうつもりなら、」

苦しむ私の耳元へ顔を寄せ、わざと息を吹きかけながら囁く。私を怒らせるために、空気を抜かせるためにやっているみたいで苛々する。分かっていながら、私はアイドルの魅力に浮かされる気分になる。

「どうなっても知らんぞい?」
「本当に、あなたのこと……嫌いです」

火照る耳元を押さえながら距離を取り、そのまま乱暴にドアを開けて出て行く。
いつでも戻ってきていいからと垣間見える優しさなんていらないと振り切りながら、私はやっぱりどこかで期待しているのだ。



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