軽音部の中にある棺桶を揺する。外から叩いたり声を掛けたりしても中々反応がなくて、すっかり疲れてしまった私の前で音を立てながら開かれた先では、呑気に欠伸をする零先輩がいた。
寝惚け眼が覚醒するまでじっくりと待つ。やっと要件を聞いてくれる気になったのだろう、視線を合わせて固まる。

「……目元が腫れておるな」

人差し指が掬うように当てられ、冷たい先端が官能的な気分になる前に離れてしまう。零先輩は私がここに来た理由を喋らせてくれるみたいに黙っていた。情報通な彼には何もかもお見通し。

「零先輩、凛月のことを傷付けてごめんなさい」

私がもっと強ければ、こんなに遠回りをしなくて済んだのなら凛月も他の人も振り回すことはなかったのに。
優しい人達にお返しをしたいと考えていたのに最後まで駄目なままだ。俯きがちになる私へ零先輩はいつも的確な言葉をくれる。

「それは本人に言えば良かろう」
「そうなんですけどね」

なんでだろう、凛月の元へ行く前に零先輩に会わなきゃいけない気がしたんだ。
凛月が気にするこの人、私のことを見ててくれた部長。

「思えば、名前はずっと凛月のことばかりじゃったのう」

そんなの当たり前だ。私が一番初めに目を付けていたアイドル、すべてに魅入られてしまってここまで来ているのだから。
もしかしたらこれは呪いなのかもしれない。あの日、夜の音楽室で会った瞬間からすべては始まっていたなんて、君に話したら笑ってくれるのかな。

「我輩は嫉妬していた。一途さは時に罪じゃの」
「零先輩……」
「そんな顔をするな」

軽音部に入部して、ユーレイ部員になるまでも色んなことがあった。大神はゴーイングマイウェイだし葵兄弟の悪戯には苦労させられるし部長は何を考えているか分からなくて怖かった。
それでも煩わしいと思えるメールを送ってくれたことも、退学させられる私へ手を差し伸べてくれたこともすべて救いとなった。私はこの人を尊敬している。
今ここで抱き締めたいとも思うし何でも話してしまいたい。でも違うんだ。零先輩が悲しいというのなら慰める相手は私じゃない。
理解しているのに、どうしていつも私ばかりに注いでくれるのだ。

「我輩まで泣かせてしまうとは、兄弟揃って申し訳ないのう」

頭を撫でてくれる距離感は正しい先輩後輩のそれ。何も分からないふりをして首元に腕を回してもきっとこの人なら甘やかしてくれるのだろう。優しくて大事にしてくれる人だから。私のことも愛してくれる人だから。

「ちゃんと凛月に話しておいで。それでもまたおぬしが涙を流すのならば、我輩が抱き留めてやろう」

いらないですと言って拭うのは自分の仕事だ。お礼を言ってから好戦的な笑みを彼にも向ける。

「次は私が、泣かせてみせますから」
「見物じゃな」

これは私からの挑戦状だ。絶対に、与えてもらった分以上の愛を返してあげる。



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