彼女の姿がないことに気付いた凛月の機嫌は最悪だった。この大勢の人数を前にして無闇に歩き回ることは最善ではないと分かっていながらつい目は名前のことを探している。
きょろきょろと見回す姿は先程まで見ていたそれと重なるものであり、瀬名はそんな凛月のことを眺めながらぼやいていた。

「ほんとチョーうざぁい。二人してじれったいんだから」
「なぁに、凛月ちゃんと名前ちゃんのこと?」
「なんでお互い気にしてるのに噛み合わないのかなぁ。まあ、名前に到ってはわざと放っておいたけど。自分から動くのもあいつのためだから」

構ってほしいと求める名前にも気付いていたし、今凛月が向ける視線だって同じものだ。見えないところで二人ともお互いを求め合っているのにすれ違ってばかり。それを本人達が認識していないのだから周りが苦労させられる。特に最初から気付いていた瀬名の苛立ちはここにきて急上昇していた。

「あら、あそこにいるみたいだから連れてくるわね」

嵐がようやく見つけた名前はやっぱりUNDEADの傍にいた。輪を離れる嵐の向かう先、凛月の目が鋭くなる。彼女はあの場所にいると楽しそうですごく生き生きしている。
自分の隣にいるよりも兄の近くの方が安心するのか。

「凛月、どうかした?」

嵐が名前を連れて来た理由、まっすぐに凛月の元へ来たところを見ると大方自分の名前を出したのだろう。
舌打ちと無垢な瞳に浴びせてやりたいそっけなさを飲み込む。何話してたのとか、兄者の傍にはいないでとか、そういう独占欲はセーフだろうか。戸惑うそぶりに割く時間は今はないと言うように、名前はあっさりと目の前の凛月を切り捨てた。

「用事がないなら戻っていい?これから軽音部で演奏するんだ」

生徒会長の許可も取り着々と準備を進めている彼女が凛月の返事も待たずに去っていく。
そのまま零を説得し、引き摺るように手を引っ張ってステージに向かって行った。
光景をじっと見つめている凛月に、嵐と瀬名は声を掛けられなった。





ここが体育館で良かったと安堵する。にーちゃんも手伝ってくれて放送関連もばっちりだ。お気に入りのギター片手にウキウキしている大神も楽しそうでこちらまで嬉しくなる。
軽音部で立つステージなんて、と悲観していた私はもういない。私も楽器の準備をして一足先にステージに立つ。今日はお祭りみたいなもの。珍しく軽音部の一員として演奏する私を物珍しく集まってくる生徒を前に一呼吸。
そろそろ始まるかと舞台袖に視線を移して、固まった。ぐるぐるに縛られて暴れる大神はこの際置いておいて、恐らくそんな横暴なことをした本人がステージに向かって歩いてくる。握られたマイクが物語る。

「凛月、どうして……?」

私の横を擦り抜けたときに掛けた言葉に返ってくるものはない。
舞台の中心に立ってスポットライトが照らされて、凛月がアイコンタクトを求めてくる。
何も聞いていない私の都合なんてお構いなしに、すうっと息を吸う。
凛月が歌い出した曲、私が初めて彼にあげた曲だった。サビのワンフレーズをアカペラで歌い上げる凛月。高い位置から見守る放送係のにーちゃんに視線を送れば始めるぞ、と合図をされる。流れる音源も私が彼に送ったものだった。
前奏に遅れを取って凛月から睨まれてしまった。ごめんと謝る余裕は今の私にはない。あの頃、凛月のことが大好きで、彼のためだけに書いた歌を凛月はずっと大事にしてくれていたんだ。こんな風に、この学園で二人でステージに立てるとは夢にも思っていなかった。
今は聞くと恥ずかしぐらい稚拙な歌詞だって、リテイクしたい音もある。だけど凛月が完成されてくれた音楽はやっぱり彼にとても合っていると自画自賛できる部分もあった。
楽しいね。今度はばっちり合った視線。突き抜ける音と笑顔。
やっぱりあなたは眩しいぐらい光り輝く人なんだ。私なんて足元にも及ばない、素敵な人。
この曲で最後にしよう。あなたを好きだと言う気持ちは足枷にしかならないから、この曲に乗せて封印をする。
私はプロデューサーで、彼はアイドルで。
歓声を浴びる凛月をずっと応援している。

「凛月……」
「自分の曲ぐらいノーミスで弾きなよ」
「うっ、ごめんね」

曲が終わって、観客のボルテージが上がってきて、これはもう大変なことになりそうな予感。今にもステージに上ってきそうな生徒から逃げるように駆けこんで、私は凛月の背中に飛びついた。

「あと、ありがとう。これでもう吹っ切れたよ」
「え?」

このふやけた涙はきっと、寂しさだ。
凛月には伝わらないでと祈る隙間を埋めるように、何か大きなものが私達に飛びついてくる。
自力で脱出した大神だった。

「お前ら、最高じゃねぇか!」
「大神が男泣きしてる」
「ちょっと、鬱陶しいんだけど」
「次は俺の番だ!」

目を豪快に拭って突進していく大神を見送って、「ねえ」という鋭い凛月の視線に射抜かれる。
彼は怒っていたけれどその理由を私が話すはずがない。

「さっきの続きだけど」
「何してんだ名前!下させるわけねぇだろ!」
「ぎゃっ、ちょっと首根っこ掴まないでよ!」
「黙って俺様とセッションしやがれ」

もう一回なんて聞いていない。引っ張って行かれた先では今度は双子や零先輩もスタンバイしていて、私はやっと軽音部で演奏ができる喜びを噛み締める。
逆方向、暗がりから見える凛月が不安そうにこちらを見ていたので頑張るからとピースサインをする。爆音で始まる軽音部の音楽。
凛月が切なげに揺れる表情を浮かべていたことに気付きもせずに、私はまるで桜が咲く頃のような始まりの演奏に酔いしれていた。



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