歩み寄ってきた私に気付いた零先輩に睨まれているようで私は途中で足を止めてしまった。
警戒する猫を笑って手招きするので私は恐る恐る彼の隣に背中を預ける。久しいな、と腕を組んだままこちらを見る零先輩とは部室以来に顔を合わせていなかった。今更ながら泣き顔を晒してしまったことを後悔する。

「零先輩、一人ですか」
「うむ。皆他の友人の元へ行っている。我輩は疲れたからちょっと休憩じゃ」
「この時間はいつも起きてるじゃないですか」

そうじゃな、と零先輩が頷く。この人は何をしていても綺麗だと思う。つい見惚れていたら帽子と髪の間から覗く切れ長の瞳に捕らえられてしまった。慌てて飛び退くように彼の隣に戻る。下ばかり見つめていたら、今度は零先輩の細い腰を映して抱き締められたことを思い出して赤面する。駄目だ、私は余計なことを考えてばかりだ。

「名前」
「は、はい!」

上擦った声を笑われる。くつくつと喉を鳴らす余裕のある笑い方。

「衣装、よく似合っておるぞ。おぬしを仕舞っておきたいぐらい可愛い」

そしてちゃんと褒めてくれる零先輩が優しすぎて縋りたくなる。嬉しくて「本当ですか?本当に可愛いですか?」と正面で繰り返す私に何度も称賛の言葉を与えてくれる人。

「今日の君はいつも以上に素敵だね、名前ちゃん」

そんな稀有な存在がまた一人増えた。後ろから抱き締められて髪を撫でる羽風先輩は今日も絶好調らしい。
友達はいいんですかと聞けばそれよりこっち、と更に力が強まった。背徳的なユニットが泣いてしまうぐらいにデレデレになっている羽風先輩が心配だった。

「やっぱり女の子はいいよね〜。アイドルな名前ちゃん可愛い」
「薫くん、そろそろセクハラで訴えられても知らんぞ」
「それは困る。でも名前ちゃん抵抗してないし」
「いや、離れてくれると嬉しいです」

えええ。羽風先輩が擦り寄ってくる辺りで本当にまずくなってきたと思う。この人の女好きは今に始まったことじゃないけれど人の目だって気になるところだ。まあ、羽風先輩だったらご愁傷様という思いの方が強いであろうが。
遠くで見えた黒い衣装の存在がどすどす走ってくるので私はまあ、彼に任せればきっとこの状況はすぐ終わることを予感した。

「おい羽風……センパイ!公衆の面前で何堂々とセクハラしてんだよ!」
「わんちゃん、もう嗅ぎつけてきたんだ。はいはい、離れるよ」

また後でねとウインクされたのでさすがにそれはと思い、零先輩の背中に隠れさせてもらった。
あからさまにショックを受ける羽風先輩が「朔間さんには懐いてるよね」と言うので私は肯定を示して広い背中に擦り寄った。

「くっくっ……可愛かろう」

零先輩の愛でてくれるオーラが好きだ。入部したころは鬱陶しくてしょうがなかったし、何度も私を呼び出す様に得体の知れない恐怖心を抱いていたのに。
今は可愛がってくれるのが嬉しくて、だからつい身を寄せてしまう。受け入れてくれる安心感がこの人にはあるから、この場所から離れられなくなる。

「名前、肉は食べたか」
「料理はまだ何も食べてないよ。取ってこようか?」
「ここで待っていろ」

これでUNDEADが揃った。騒がしい様子に気付いたアドニスくんが私にそう声を掛けてくれて一旦戻ったかと思うと、今度は片手に料理の乗った皿、もう片方に椅子という素晴らしい紳士ぶり。
彼らの輪の中に椅子をセットしここで座って食べろと言うので有難くその施しを頂戴した。
美味しそうな料理に手を付けて頬張っていたら零先輩が「……生ハム」と言うので私は憐れみながらフォークに刺したそれを差し出した。

「はい、どうぞ」
「あーん」
「ひいっ、なに甘えてんだよ吸血鬼ヤロー!気色悪ぃ!」

居心地の良さを感じてしまう。こんなこと絶対Knightsの中ではできないと思うのは意識の問題だけなのだろうか。

「名前ちゃん俺も」
「あああしっかりしろよ先輩共!!」

羽風先輩にも差し出して、アドニスくんにも投げ掛けてみたら照れながら応じてくれるのだからつい笑みがこぼれてしまう。うるさい大神は絶対口を開けてくれないだろうから頭をぐしゃぐしゃ撫でておいた。噛みつかれるかと思った。

「つーか名前はなんでここにいるんだよ?リッチーと一緒にいなかったか?」
「Knightsは人気だから囲まれてて……その点UNDEADは友達少なそうでちょうどいい」
「……喧嘩なら買うぞ」
「褒めてるのに」

必要としてくれる人なんて誰もいないと思っていた。でも軽音部やUNDEADの皆が諦めないでくれていて、今もこうして私のことを気に掛けてくれて、認めてくれて。こうして過ごす時間がとても愛しくて大切で大好き。
私はUNDEADのプロデュースも携わりたいと願うから、負けちゃだめなんだ。

「いつまで続くんだよ。会場内もだらけてきてねぇか」
「うーん。この後ライブとかあったりして」
「……おい、耳貸せ」

大神に頭を捕まれて無理矢理聞かされた提案は正直、魅力的なものだった。

「吸血鬼ヤロー!」
「零先輩!」
「……やれやれ、好きにするがよい」

部長からのゴーサインに私と大神は同時に走り出す。私は生徒会長に許可を取りに行き、その間に大神が準備を進める。途中で葵兄弟を見掛けたのでやるよと強制的に誘っておいた。
こんな風に走り出すことが今は楽しい。

「あんなキラキラした目を向けよって」
「可愛いわんちゃんが二匹だね」

破天荒で一人では出来なかっためちゃくちゃなことも怖くない。このメンバーなら一緒に怒られてあげる。それもまた青春だ。



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