真新しい服に袖を通す気持ちをその日初めて味わった。あんずちゃんお手製のユニット衣装は男子アイドルのものではなく女の子用であり、私が実験台になっているわけでもない。
生徒会長に声をかけられ、私達は浮き足立っていた。思い付きで開催される体育館での懇親会。日頃頑張っている生徒達へのささやかなご褒美と交流を兼ねている会を企画していると言われあんずちゃんは二つ返事で立候補していた。とても仕事熱心な彼女を笑いながら私も協力を約束する。
そこで出た生徒会長から決まりごとの一つ、ドレスコードはユニット衣装でと言うもの。
今回の臨時ユニットを大層気に入ったらしい生徒会長がユニットの枠を越えて新たな可能性が生まれるようにと一目で分かりやすくする為だ。

「名前ちゃん、どうかな」
「すごく可愛い!ぴったりだよ、あんずちゃん」

良かったぁと安堵する彼女もまた私と似た衣装を身に纏っている。双子ユニットを意識した色違いのスカートをふわりと揺らしながら立ち上がった彼女へ勇気を出して差し出したのは、私がこっそりと準備していた髪飾りだった。

「あんずちゃん、これ良かったら……!」
「わあ、ありがとう!早く付けよう!」
「あらあら、可愛い子二人はっけーん」

アイドルっぽく髪を纏めてみようと鏡を取り出していたらすでに準備を終えたようで移動中のKnightsが通りかかった。お姉ちゃん魂が疼くようで嵐ちゃんがいじらせて、とあんずちゃんから髪飾りを受け取る。そして彼女のヘアセットを買って出た傍で瀬名先輩が文句を言っていた。

「ちょっとなるくん、入場もユニット毎だって説明聞いてなかったの?」
「すぐ済むわよ。まったく泉ちゃんったら、お姉ちゃんの楽しみを奪わないでほしいわ」

可愛く変身させてくれる嵐ちゃんの手は魔法みたいだった。モデル仲間からもらったとかでポーチから取り出されたチークやリップで色付いていく様を見てみるとこれはなかなか終わりそうにない。
すっかりスイッチが入ってしまった嵐ちゃんはあんずちゃんに任せて、未だ不機嫌な瀬名先輩に突撃してみる。

「瀬名先輩、どうですかこれ」
「ふうん。いいんじゃない?」
「とてもよくお似合いですよ、名前先輩」

小首を傾げてみたら全身を見下ろした瀬名先輩からは心のこもっていない言葉を頂戴したので気を利かせてくれた司くんには満面の笑みでお礼を言う。そこでもまた瀬名先輩に小突かれてしまうのだがさすがにそれは理不尽である。

「名前?」
「起きたの、凛月」

壁に凭れ掛かって寝ていたらしい凛月の声がする。まだ覚醒しきっていないぼんやりとした顔を覗き込めば、ゆっくりと目が開いていく。

「ほら、くまくんに言ってもらいなよ。……可愛いって」
「ひっ……!瀬名先輩、耳元でしゃべらないでください!」

私の叫びで完全に覚めたらしい。肩をガッと掴んで私のことを確認している凛月の不審さを尋ねようとしたとき、嵐ちゃんが両手にメイク道具を握ったまま駆けてくる。

「お待たせ。次は名前ちゃんの番よ」
「ナッちゃん、それ後にして」

私の手を引いて歩き出す凛月に連れられる。後ろから「くまくんも男だねぇ」と言う瀬名先輩の声が聞こえた。嵐ちゃんのメイク講座は正直心が惹かれるから向こうに行ったら頼もうと思う。きっとここだと人の出入りが激しいから場所を移動しようと言う意味だったんだろう。

「俺の傍にいること。いい?」
「でも私、プロデューサーだし」
「今はKnightsのでしょ?おかしいことはないよ」

他のメンバーが追い付いても凛月は私の手を離さない。繋いだまま受付を済ます間、どんな風に見られているのかが心配で顔を上げられなかった。
強豪ユニットの中にいるだけでも緊張してしまうのに関係を疑われては迷惑が掛かる。不安げに揺れる瞳が、逆の手を握られて反射的に光の世界を浴びた。

「司くん?」
「今日は名前先輩のことをお守り致します。安心してください」

両隣に感じる温もり。にっこりと笑いかけてくれる可愛い後輩にようやく肩の荷が下りたような気がした。
その後嵐ちゃんが待ってましたと言わんばかりに私の髪や化粧に精を出していた。完成したときには後であんずちゃんと二人で写真を撮らせてと言われて照れ臭くなってしまう。
やっぱり凛月は何も言ってくれなかったけど、私は満足していた。



生徒会長の挨拶でスタートし、あちこちから聞こえる賑やかな声に落ち着かなかった。ユニット衣装のおかげで何となく見かけたことがあるユニットだと言うことも分かり、私はこの機会に人間観察しようと思っていた。
さっきから走り回っているあんずちゃんが気掛かりだったのだが、私も手伝いに行こうとしたら凛月に止められたのだ。ここにいてと釘を刺されてしまい、さすがにもう手は繋がれていないが目を光らせているらしい。
じっとしているのも退屈になってくる。だって、私は知り合いが極端に少ないから。他人と関わることに興味がないという凛月がそんな風に楽しんでいるなんて聞いていない。

「はーくん、今日はおいしいものたくさんあって良かったねぇ」
「はい!凛月先輩はもう食べましたか?」
「俺ははーくんの血をもらえればいいよ」
「ひゃっ」

馬鹿だな、私。可愛い後輩に嫉妬しているなんて。
凛月に絡まれている彼は紫之くんと言って紅茶部の後輩らしい。そういえば校内アルバイトで見かけたことがあるかもしれない。傍にはにーちゃんもいるが彼は今瀬名先輩と話しているし、嵐ちゃんも天真爛漫な天満くんと談笑中、司くんも同じ一年生の真白くんとの話に花を咲かせている。
つまり私は今ひとりぼっちなのである。どこかの輪の中に入ればいいのに、きっと快く迎え入れてくれるのに、コミュニケーション不足が露見されてしまう。気付いてほしいなんて視線を投げ掛けるばかりで踏み出すことができない。
きっと離れすぎたのだ。私が傍にいた凛月は私の知っている凛月ではない。彼はもう大切な仲間や友達に囲まれていて、私がいないことにも気付かない。こっちを見てと焦がれる目を向けても、彼が愛しく思う先は別にある。求められたことがない私なんて放っておいても構わないってことだ。
やっぱり、あんずちゃんの手伝いをしていた方が良かったな。今からでも遅くないからと仕事を貰いに行こうと会場内を見渡す。すると壁際に立っているだけで絵になる人を見つけてしまった。
鮮やかな黒に惹かれるように私は目を離せなくなって、そちらを目指して抜け出した。



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