想像していたよりもずっと容易く月永先輩は私の差し出した譜面を受け取ってくれた。
タイミングか、同胞への労いか。何はともあれ私が待ち望んで、焦がれた瞬間が目の前に広がっている。

「……いかがでしょうか」
「お前、本当に名前か?」

緊張の面持ちが崩れ去る。ぽかんとする私はうんうん頷く月永先輩を凝視していたから彼の変化を見逃さなかった。

「案外使えるな」
「へ?」
「この曲、一番最初に使うから直しておいて。第三小節は一音下げた方がいい。サビ前は一度落ち着かせて。あとは……」
「ちょ、書き留めるんで待ってください!」

目まぐるしくも過ぎていく一瞬一瞬を思い返してから、ようやく実感が沸いてくる。リーダーは、私のことを認めてくれたんだと思うと嬉しくてたまらない。
修正だってあの有名な作曲家からの指示なら喜んでと二つ返事だ。これが私だと言い張るぐらいの方がいいのかもしれないが、今の私には教えを乞う人物の存在が貴重だった。
もっと吸収してから自分なりの音を見つけていこうと、私は多少なりとも前に進めていることに喜びを噛み締めていたら、今度は月永先輩に見つめられていた。
思案する顔付き、彼がそんな顔をする意味は思い当たらない。

「どうしたんですか?」
「Knightsのプロデュースをしてたときは見るに堪えない出来だった。拍子抜けしたよ」

全然だめだと言われたことを思い出す。あれだって私だ。Knightsのために曲を書き、動きを指示し、プロのパフォーマンスを演出する。

「間違ってないです。私は、出来ないんです」

苦笑いで答えてから、それは間違っているのかもしれないと後悔をする。
ナイトキラーズはとても強い輝きを持つユニットになった。そんな彼らの魅力に触れることが出来て、私はきっと大丈夫だと勇気をもらって。でもそれを裏返せば、Knights以外は、に行き当たる。もういいんじゃないかって囁く悪魔に負けそうになるのはいつだって自分の実力のなさに気づいたときだ。

「Knightsのこと、好きか?嫌いか?」
「……私にはどちらも言えません」

みんな素敵な人達だってことは言える。私がいなくたって光を放つ素晴らしいアイドルだ。
瀬名先輩に言われたKnightsのことを恨んでるってこともトラウマだってことも、申し訳ないから関わるべきではないのだろう。そうか、向き合う必要なんてないのか。

「傍にいるべきじゃないのかな」

凛月がくれたチャンスを無駄にしてしまうかも。もう二度と、隣を歩くことはできない。
そう考えたら涙が出てしまいそうになるほど嫌なのに、簡単な言葉が伝えられない。

「……月永先輩、なぜ私を選んでくれたんですか?」
「ぼろぼろなお前を放っておけなかった。自分を見ているみたいだったから」

怖いほど求める完璧なそれ。到達出来ないもどかしさに苦しんで、息が出来なくなるぐらいに塞ぎ込んで。きっと月永先輩はそういう経験をしてきたのだろう。私の痛みなんて比べ物にならないぐらいの壮絶な思いをこの学園で感じて、二の舞にならないようにと手を差し伸べてくれる。

「一人じゃリセット出来なかったんだろ?じゃあ俺がしてやる」

月永先輩が勝ったら今のKnightsは解散させられる。
私にとってはどうでもいいことだろうと笑いかける月永先輩の手を、私はただ黙って見つめることしか出来なかった。



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