暗い海の底にいるみたいだ。
命綱でもある気泡が昇っていくのは命を無駄にしているとしか思えないほど無様。代償を払っても得るものは何もない。書き始めて何十枚と無駄にした譜面に私はまたぐしゃぐしゃの線を引く。こんなものではない。あの人達を輝かせる音楽はこれじゃない。もっと優美で、繊細で、それでいて力強さもある剣のように。
イメージは出来ているのに音にならないもどかしさは昔と何一つ変わっていない。だけど私はやらなくちゃいけないんだ。じゃないとあの人達に合わせる顔がない。
カーテンも窓も締め切った音楽室、頼りになるのは自分一人。

「ちがう……こんな曲じゃ、っ……!」

きっと月永レオは、そんな私の姿を見て過去の自分に重ねていたのだろう。





放課後呼び出された私は嵐ちゃんの顔色を窺いながら教室を出た。ひらひら手を振る嵐ちゃんには罪悪感しかないのに向こうはそうは思っていないらしく隙あらば情報を盗もうとするのだからしたたかである。
そんな彼相手だからこそ私は集合場所を漏らすまいと逃げ回った。そこからメンバーがバレてしまうという格好悪いことをしたら見放されてしまいそうだ。いや、私はそれでもいいのだけれど。やっぱり憧れって怖い。

「っていうか時間守らなそうだけど、月永先輩」

顔合わせと言われたからにはジャッジメントのメンバーを揃えたのだろう。指定された三年生の教室に向かう間、私はうるさい心臓と胃の痛みを抱えながら歩いていた。
顔も名前も知らない、頼りになるのは月永先輩だけどあの放浪癖のある人がきちんと来ているのか。または三年B組は自分のクラスなのか。
私は相変わらずびくびくしながら教室を覗く。中にいたのは二人の男子生徒で、背の高い方の人と目が合った。鋭い眼力と低い声音。あいつじゃねぇか、と私を指すようなことを言われ思わず息を飲んで引き返してしまった。

「おーい!名前ー!」

足を止めたのはもう一人いた金色の髪の生徒に確信が持てたからだ。わざわざ迎えに来てくれる彼がひょっこりと顔を出して私のことを待っていたと言ってくれる。情けなくも泣きたい思いを露わにして両手を広げた。しっかりと慰めてくれるのは仁兎なずな先輩。先日宣戦布告のときにお世話になった先輩だった。

「にーちゃん先日はありがとうございました!あ、お礼!」
「いいって、気にするな。それよりレオちんに巻き込まれたみたいでお前も大変だな」
「これも訓練です。あ、いちごみるくの飴ならあった」

にっかり笑って受け取ってくれるにーちゃんは本当に天使のようだ。どうやら月永先輩が集めたのはにーちゃんともう一人の先輩らしい。未だ笑みを見せない人に紹介しようと手を引かれ私はその人の前に立った。すごい、男らしいアイドルだ、と圧倒的なオーラに声が出ない。

「紅郎ちん、こいつのこと知ってるか?」
「ああ。話すのは初めてだがな」
「は、初めまして!名字名前と言います。これ良かったらどうぞ……!」

震えた手で差し出したもう一個の飴を前に固まる先輩達。つい体が動いてしまった私を前に降ってきたのは溜め息で、私はガンッと重いものが落ちてきたような感覚。

「……もらっとく。ありがとな」
「はい!よろしくお願いします!」
「名前、紅郎ちんは怖くないからなぁ〜?」

頭を撫でられて子ども扱いされているのが悔しくてつい言い返しそうになる。でもにーちゃんが言葉を詰まらせるから、私はここにいる二人の強力な助っ人だけではないことを知る。

「むしろあいつの方が……」
「待たせたね。おや、月永くんはまだかい?」

遅れてやってきた優雅な登場に私はぱちくり。まさか一緒にやってくれるとは思わなかった人物。
だって皇帝までも参戦するって、これはますます本格的にやばい。いろいろと。

「生徒会長……!」
「よろしくね。君のプロデュースを僕も楽しみにしているんだ」

握手を求められて私はどぎまぎしながらその手を掴んだ。評判ぐらいしか聞いたことがなかった生徒会長からの関心は正直、嬉しくなかった。この前のお茶会への誘いといい、この人が私の前に現れると良くないことが起きる予兆のような気がしてしまうのだ。ものすごく失礼な話だけど。
その後、やっぱり三年生で学園屈指の強力ユニットに所属しているだけあって話は淡々と進んでいった。各々自分の持ち味、やるべきことを分担して作業に入ったころ、私は彼らの様子を見て腕を組んでいた。

「衣装は鬼龍先輩、ステージは生徒会長手配、曲はもちろん月永先輩。これ最早私の出番はないですよね?」
「勉強になるしいいんじゃないか?名前、衣装作りにいつも苦戦してるって言ってただろ」

唇を尖らせるのは拗ねた合図。膨れるなって、とにーちゃんが連れてきてくれたのは裁縫をする鬼龍先輩の隣の席。ちらりとこちらを見る視線にビビりながら静かにしてるので見学させてくださいと許可を取る。構わないと言ってくれる辺り、鬼龍先輩は優しいのかもしれない。

「すごい……」

キラキラ目を輝かせる私を疎ましくも思っていないようで、丁寧な手元を一旦中断させて私の面倒を見てくれようとする。

「お前もやってみるか?」
「無理です。絶対出来ません」
「やる前から諦めてんじゃねぇよ。教えてやるからほら、そっちの使え。……ンな不安そうな顔してなくても怒らねぇからよ」

素直に応じずにいる理由すら簡単にバレてしまって、私は一から鬼龍先輩に教えを乞うことにした。分かりやすく何でも教えてくれるおかげで私は苦手を克服出来そうだった。
見せてくれた今回の衣装も素敵で今から完成が楽しみだ。

「名前ちゃん、このイメージどうかな」
「うわ、悪役っぽい!」

気が緩んでいた私は差し出された用紙を眺めてつい本音をこぼしてしまった。格好良いステージに胸がときめく。笑みを浮かべていた私がはて、と気付くのは紙を返した先に生徒会長がいたからだった。

「ごめんなさい!」
「ふふ、今回の僕達は敵だからね。船を浮かべてクルーズのイメージでね」

良かった、怒ってはいないらしい。何やら生徒会長も楽しそうだ。なんとなくはしゃいでいるようにも見える。

「そう言えば即席とはいえユニット名とか必要じゃないんですか」
「月永が決めるんじゃないか?」

あいつは本当にどこ行ったんだ、と鬼龍先輩。やっぱり私の予感は間違っていなかった。
聞けば月永先輩はこの教室に在籍しているが今日は授業にすら出ていないらしい。あの人やっぱり変な人だな。

「ナイトキラーズはどうかな」
「いいですね!」

お洒落っぽいとはしゃぐ私と笑う生徒会長。
対してにーちゃんと鬼龍先輩はちょっと呆れていた。なんで、いいじゃないですか。今回は敵役なんだから。
それにしてもKnightsに対抗してナイトキラーズかあ。最後に美しく散るのはどちらか。
はたまた騎士らしく誰かを守って地に伏せるのか。プライドや守るべきもののために戦う姿は絶対格好良い。それにクルーズって言うたゆたうイメージも入れられそうだし、後は、だめだメモしなきゃ。

「僕達の曲はないのかな、プロデューサーさん」
「……リーダーの許可が下りれば、の話です」

くすくす笑う生徒会長には何もかもお見通し。
溢れ出てくる音を書き留めて、自由に奏でられる曲が完成して、私はどうしてだろうとまた落ち込んで。こういう風に彼らに歌ってもらいたいイメージは、いつも投げ捨てている。

「お前ら、今回の王は俺だからな!」
「遅刻ですよ、月永先輩」

個人がしっかりしているとこうも簡単に舞台は整っていく。
私も曲作りに専念できるから、出来上がったら勇気を出して月永先輩に聞いてもらうつもりだ。



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