影を落としたような表情を向ける嵐ちゃんに理由を告げられないまま私はKnightsが使用しているスタジオへ連れて行かれた。今度こそみんなと対面できる、話が出来るということに間違いはないけれど、ただならぬ雰囲気だと感じたのは到着して、私へ向けた凛月の視線が厳しかったからだった。
昼間からきちんと起きている凛月をからかう気にもなれない、鋭い瞳。惚れこんだ優美さはそこにはない。おずおずしながらスタジオに入れば、すでに事情は聞いているような面持ちの瀬名先輩と朱桜くんがいた。

「あのさぁ」

切り出した瀬名先輩の言葉を、前に出る形で掻き消して私の前に立つ凛月。見下ろしてくる姿に涙が溢れてしまいそうだったけれど、懸命に向き合い続けた。
もう二度と口を聞かないとか言われるんだと予想していたが、凛月から吐き出された言葉は私が思っている以上に、辛辣だった。

「他のユニットと関らないで」
「え?」
「今日から一ヶ月の間、複数のドリフェスを企画している。そのプロデュースを全部名前に任せる。勝ち続けたら名前を、Knightsの専属プロデューサーにする」

決定事項だと言わんばかりの強い口調。凛月にしては珍しい、と私は周りの目を確かめた。やれやれと肩を落とす瀬名先輩が溜め息しか吐いていないのだから、すでにそこに話はついているのだろう。さすがは参謀。
昨日の話を持ち出さないことは私にとっても都合が良かった。彼が嫌だと言うことを私もしてしまったのだからお互い様だ。特に言い訳もしないで済むのならお互いに傷を抉る必要もない。
凛月が私を傍に置いてくれる。これは実力で勝ち取ったポジションではないということは他の騎士達の顔を見れば明白だ。歓迎してくれるのならこんなに意気地になっている凛月を止めてくれているはずだから。

「一度でも負けたら、なれないってこと?」

そう言って瀬名先輩達を説得したのは明らかだった。Knightsのプロデューサーは出来ないと言ったばかりの私。まだまだ初心者レベルの私を専属として評判が落ちるかもしれないデメリットを易々と受け入れるわけがない。
それにこんなの、私が望んだことじゃない。

「名前のミスは俺がカバーする。俺達はそう簡単には負けないから。……どうする?」

立ち直るのに何度ユニットに頼ればいいのだろう。本当に情けないし、一か八かみたいなのは苦手だ。
けれど専属になる必要はないって断るのは、凛月を拒絶するのと同じことに思えた。ここでも逃げるのかと言い聞かせて、私は返事をした。

「やるよ」

他ユニットのプロデュースを断ることなんて出来ない。それも、この勝負に勝ってから伝えようと思う。どっちにしろこの先はKnightsのライブで暇なんてないのだから。
頑張ろうと顔を上げた先、凛月はやっぱり笑い掛けてなどくれなかった。





「あら名前ちゃん、やっと来たのね」

私は器用な人間ではないから、あの日以来絶不調が続いていた。理由はやはりKnightsをプロデュースすることへのプレッシャーだった。
皆が練習やライブを繰り返す間は許可を貰って一人でまたあの音楽室で過ごし曲作りや企画案を纏めていた。
本当はもう少し時間が掛かるのだが、さすがに今日の放課後は来ること、と瀬名先輩から嫌味たっぷりのメールを頂戴したから顔を出さないわけにいかなかった。
授業が終わってすぐに教室を飛び出し、空いた時間にもギターを鳴らす。嵐ちゃんに進捗は、と聞かれたが私は机に顔を突っ伏すことで現状を知らせた。

「……うわ、何その生き物」
「後輩を慰めてあげなさいよ、泉ちゃん」

ふん、と瀬名先輩が汗を拭いながら無視をする。今日も連日のライブ終わり、キラキラしたこの人達を見ているとインスピレーションが湧き上がるというのに凛月のことを考えると途端に暗い靄が差すようで出来上がりそうな曲も崩れ去っていく。単体でなら上手くいくのに、と却下した楽譜は音楽室のゴミ箱に捨ててきた。
ああもう、と私は気分転換に弾き始める。最近気に入っている曲を刻めば嵐ちゃんの身体が揺れ、瀬名先輩がこちらへ視線を流す。

「それ、好きなの」
「はい。作曲魔人Xっていう……」
「知ってる」

街中でもよく耳にする曲だから知名度が高いのだろう。共有できる嬉しさから私は調子に乗ってメロディーを奏で続けた。瀬名先輩の視線が部屋の隅へ流れていき、溜め息を吐く。
私はそろそろいいだろうかと抱いていた疑問を口にした。

「今日のライブ大変だったんですか。私が言えたことじゃないですけど、凛月に言われた日以来皆さんと別行動を許されて正直拍子抜けしたんですが」
「ちょっと別件でね。それより、あんたはあいつについて何も聞かないわけ?」
「ああ。実はスタジオに入ったときに自己紹介をしたんですがすっかり自分の世界へ入られてしまって。だから私も気にしませんでした」

先約は私と同じく作曲に没頭している。仲間がいるようで話したかったのだが、私などそこにいないような扱いをするので放っておくことにした。私と反対にいるオレンジ色の髪の人が不意に声を上げる。

「またも名曲が生まれた!」
「あいつがKnightsの王さま。ちなみに、あんたがさっき弾いていた曲を作ったのもそこにいる月永レオ」
「う、うそ!?」

思い掛けないことが起きてしまった。がたりと椅子を揺らした音にこちらを見た月永先輩と目が合って、私はギターを机に置いて突進した。まさか憧れの人がこんなに近くにいるなんて思いもしなかった。

「あの私、ファンです!」
「ん?お前は誰だ!?どうしてここにいるんだ?」
「いや説明しましたよね。Knightsのプロデュースに関わってて瀬名先輩に呼ばれたのでここで待たせて頂いているって」
「そうかそうか。迷い込んだ妖精さんってことだな!」

いや違う。否定する気にもなれない私の前でインスピレーションが、と叫び出す彼。私がさっき使ってしまったのも月永先輩の独り言のせいだ。
これ以上は何を言っても通じない。握手してもらおうと出した手を引っ込めて泣きべそをかきながら瀬名先輩と嵐ちゃんの方に戻ってきた。

「……話が噛み合わないんですう……」

珍しく慰めてくれるらしい瀬名先輩に頭を撫でられたのは素直に嬉しかったので、これで満足することにした。



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