今日の放課後は静かだった。仕事の依頼も急ぎの案件もなく、次々と教室からいなくなる
クラスメートを眺めながら私は教室の天井を仰いだ。久しぶりに、覗いてみようか。
立ち上がる私に掛かる声は帰りの挨拶だけでも悲観することはない。長い道のりを足取り軽く目指す。音楽室の鍵は私も持っていたから、今日は使用されていなかった部屋を開ければ独特の匂いが広がった。
当たり前だけれど変わった様子はない。ここで一人、寝転がったりして好きに過ごしていたなぁと懐かしく思う。足を踏み入れて、振り返る。
厳重に閉ざしていた扉は開けたままにしておく。新しいことを始めるイメージで作曲を始める。途切れ途切れの音と人の気配に寄ってくる生徒がいたとしたら、私は快く受け入れようと決めていた。そうやって関係を築きあげていこう。

「んんん、ちょっと違うかなぁ」

上手くいかなかったら気分転換。CMの曲だったり学園内のユニットソングを弾き語る。
そこに私の下手な歌を乗せたらすっかり出来上がった人の完成だ。
むしろ見られるためにやっていたと言っても過言ではない。しかし、予想にも大物を釣りあげてしまったようだ。

「え、え?どうしてここに?」
「気にしないで。続けてくれたら嬉しいな」
「いや、無理です!生徒会長に見られていたら弾けません!」

予想していた展開と違う。私は出来れば一年生を呼び寄せて優しい先輩アピールをして仲良くなれればいいなぐらいの期待だったのに。まさか天祥院英智先輩が来てしまうとは。

「先日はお疲れ様。大盛況だったみたいだね」
「あ、ありがとうございます」

学園のアイドルユニット、fineを率いる先輩を前にして背筋を伸ばす。柔和な笑みを浮かべているがこの人を侮ってはいけないと数々の伝説を思い出す。だいぶ落ち着いたとはいえ、今でもやっぱり逆らわない方がいいだろう。

「今日は君をお茶会に誘いに来たんだ」

本題と言うように生徒会長は外へ視線を向ける。天気も良いようだし、と加えるが私は正直行くかどうか迷った。生徒会メンバーに囲まれるとしたらあまりの重圧に耐えきれないし話が弾むとも思えなかった。まさか、BGM代わりだろうか。ギターを手にしたままでいる私に生徒会長がくすくす笑みを落とす。

「ガーデンテラスでやるから、ギターはここに置いていくと良い。紅茶部のメンバーだから気負う必要はないしね」
「部活動の催しに私も行っていいんですか?」
「もちろん。僕が君の話を聞きたいんだ」

控えめに頷いた私を満足気に見届けて、優雅な動きで背を向ける生徒会長にゆっくり来るといいと言われ、私はのろのろとした動きで一度開けた音楽室の窓や開いていた戸棚を閉め始めた。これは現実逃避である。色んな意味で。

「生徒会長とお茶……と言うか紅茶部って、凛月がいるじゃん……」

聞いたことがある。確かメンバーには一年生の子もいて、人数は少なかったはずだ。ということは確実に出くわしてしまう。今更断るにしても、一度はその場所に行かなければならない。
お茶会なんて楽しめるわけがないと参加する前から緊張に襲われる。ひとまず片付けをして、お菓子を買って行ってみるとしよう。



がさがさビニール袋を揺らしながら早くも後悔していた。あの生徒会長が入部している紅茶部なのだから余計な気を回さなくても良かったのではないだろうか。
いやでも手ぶらで行くのも申し訳ないし、と
うだうだ考えながらガーデンテラスを進んでいく。交流関係を広げるチャンスだと思って頑張ろう。
私は大丈夫、と言い聞かせて人だかりを見つけ、動けなくなってしまった。目の前が真っ暗になったような気がした。紅茶部と思われる一同の中にはあんずちゃんもいて、仲良く談笑しているようだった。
私よりよっぽど顔が広いあんずちゃんが参加していることに疑問は持たない。彼女の存在を心強いと感じるぐらいだ。見たくなかったと思うのはそういうことではない。お茶会には凛月も参加するらしく、あんずちゃんの隣に座っている彼が見えた。
凛月があんずちゃんに顔を寄せ、何かを強請る。困った顔をする生徒会長と、だめですと必死になる一年生。微笑ましい光景だと思うのに、私の中をどろどろとした醜い感情が駆け巡る。
割って入る勇気もないから、私は自ら茨の中に身を投じたように。凛月があんずちゃんの膝に寝転んだところを見てしまってはもう、終わりだった。
持っていた袋を落としてしまい、それを拾うことも前を向くことも出来ずに、逃げ出した。
視界がぐらぐらする。嗚咽が止まらないしいっそのことこのままどこか消えてしまいたかった。
気持ちは通じ合っていると思っていた。ずっと待ってくれていると勘違いしていた。
キスをされても告白はされていない。私は、もう何を信じたらいいのか分からない。

「嘘吐きっ……!」

私じゃなくても良かったんだと改めて突き詰められた現実なんて、いらない。





その音に気付いたとき、皆が視線を一斉にそちらへ向けた。走り去る後ろ姿はもう一人の女子生徒のもので、あんずがここにいる以上その正体を予測するのは簡単だった。
もっとも、凛月は身体を倒していたためその姿を捉えることは出来ず、他者の呟きを反芻するだけであった。どうしてこんなところに、という問いに答えられるのはこのお茶会に招待した英智だけだ。

「おや、急用でも出来たのかな」
「エッちゃん……?」
「凛月くん、怖い顔をしているね」

微笑みを浮かべる皇帝には何も言わず、あんずの膝から起き上がる。状況を理解していたあんずは黙って凛月の姿を見つめており、凛月は「俺が行く」と短く答えた。
あんずもステージ裏で目撃していた一人なので関係性は分かっていたつもりだった。油断していた己へ叱咤するように、険しい表情で背を向ける凛月に投げ掛ける。

「私も気を付けるから、もうやめた方が良い」

あなたも私も、彼女を傷付けたくない。その意思表示に凛月は笑って手を振る。彼もまた、驕っていた。自分達は通じ合っているから大丈夫だと。だから追い掛けるのも面倒臭いなぁという感情すら湧き出て欠伸を一つ。

「あ、いた」

男子生徒より長い髪を流した人物が廊下を歩いているのが見えて、凛月は外から名前の名前を呼んだ。
びくり、驚きながら見下ろす一連の流れを見上げながら凛月がようやく傷の深さを知る。
泣き顔は凛月が思っていたよりも歪んでいて、場所を把握した彼女が先に行動を起こした。
外からは見えないように移動するところを見ると、本当に避けられている。このままではと危機感を覚えて凛月も走り出す。
追いかけっこの果ては、名前が逃げ込んだ部室だった。



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