作曲も企画の準備も誰かの前でやることがあまり得意ではなかった私は、人が来ない音楽室をよく利用していた。あの日も遅くまで学校に残っていて、帰り道の途中で携帯電話を忘れてしまったことに気付いて引き返した。暗い廊下を、どうして音楽室はこんなに遠いところにあるんだろうと文句を言いながら歩いていたら、 ピアノの音がした。私しか見たことがなかった音楽室のピアノの前に座る背中があった。月明かりを頼りに声を掛ければ、ゆっくりと振り返る姿。

「見つかっちゃった」

そう言って笑い掛けてくれたのが凛月だった。その日はたまたま機嫌が良かったのだと後に知ることになるのだが、そのときの私は驚いて声が出なかった。こんなに目を奪われてしまう人物がこの世にいるのだろうかと。

「ピアノ、弾いているんですか」
「そう。君は?もう夜だよ」
「忘れ物、です」

赤い瞳が閉じられる瞬間も目を離したくないぐらい素敵な人だった。出会ったのが夜だったからかもしれない。この時間帯が余計に彼の危うさや妖艶さを引き立たせている気がした。キラキラした正統派アイドルとはまた違った魅力を感じる。

「名前教えてもらえませんか」

教えてもらった名前を反芻して、そう言えばどこかで聞いたことがあると首を捻る。聞き返されないところを見ると興味があるのは私だけとか、翌日まさか同じクラスだったとはとか、色々と前途多難な部分はあるけれど、それでも私は凛月のことをもっと知りたいと思った。
彼は昼間はほとんど寝ていて必要以上に話し掛ければそれはもう機嫌が悪くなった。遅い時間帯に会っても彼は気まぐれで練習に付き合わせてくださいと言ったら必要ないとばっさり切り捨てられた。
これはもう駄目だなと思いながら自分に言い聞かせた。私がこんなに凛月に構うのは彼が好きだからというよりも彼をプロデュースしたい思いが強いからだと。きっとそうだ。
同じクラスの嵐ちゃんや真緒くんの助言や力を借りて私は少しずつ凛月との距離を縮めていった。
傍に居ても嫌がられないぐらいには、居心地の良さを感じてもらえるようになって、私は順風満帆な学園生活を送っていた日。凛月をプロデュースすることを諦めていなかった私に、凛月はKnightsのリーダーに会うことを提案した。仮ではあるがリーダーを務めていたのはもちろん瀬名泉先輩で、私は凛月に連れられて放課後彼の元へ向かった。
作った曲やプロデューサーらしく企画をまとめた用紙に綴られたそれを見て、瀬名先輩は溜め息を吐いた。

「こんなので俺達が動くとでも思ってるの?全然だめ」

どうしてだろう。私は凛月の為に頑張っていただけなのに。
瀬名先輩の容赦ない言葉を受け取りながら、何一つとして心に響かなかった没案を抱きしめながら部屋を出る。ついてきてくれた凛月は欠伸をしながら、下を向いている私の頭をちょんちょん、と叩く。ごめん、と謝ったのはおそらく瀬名先輩の使う言葉がきつかったことに対してだろう。

「全然大丈夫。悔しいけど、瀬名先輩の言う通りだから」

曲、フォーメーション、衣装。Knightsのステージを彩るには不足している部分が多かった。瀬名先輩の指摘には正直心が折れそうになったが、彼は間違ったことは言っていない。それに対抗できる知識もない私が悪いのだ。
今回は彼の言う通り。だから私はこれを直して、また提案しに行きたいと思った。凛月がいるユニットをプロデュースしたい。ずっと願っていた夢だった。

「見ててね、凛月。私頑張るから」

うん、と安堵したように笑う。凛月がこんな風に心配してくれたのが嬉しくて、舞い上がってしまった私は再び眠たそうにする彼に、先程渡したものとは別の楽譜を取り出した。凛月に手渡せば彼の真紅が音符を辿る。

「凛月のために作った曲なの。歌ってくれる?」

目を通した凛月が口元に三日月を作る。凛月の傍にも慣れてきて、ずいぶんと彼の変化も感じ取れるようになった。

「気が向いたらね」

そう言って私に背を向ける彼が穏やかな表情をしていたとか、今鼻唄が聞こえてくるとか。一つ一つ噛み締めたくなる喜びを感じながら彼の隣を歩いていたら、私の耳に入ってきたのは悪意のない声だった。

「あれってラブソングかな?」
「一人の為とか可哀想だな」

彼だけのための曲。歌詞も乗せたそれは確かに愛の告白にも似たものだった。
私はずっと凛月の隣に居たくて、だからユニットのプロデュースにも参加したくて。
あれ、それって正しいことなのかな。私が今見せてきた企画の案は、きちんとKnightsのために作られた、彼ら全員の魅力を発揮できるものだったのか。
答えはすぐに出せる。ノーだ。

「名前?さっきのことなら気にしなくていいから」

凛月にも聞こえていたのだろうか。別に贔屓しているわけじゃないんだからという意味で手を引かれるも、それは逃げているようにも思えた。慌てて私は凛月の手を振り払い、分かってると頷く。それ以上何も言わない凛月が歩き出したので、私も続く。
彼の隣に並ぶことは出来なかった。
私は今までずっと凛月しか見えていなかった。そのことに気付いてしまった。
凛月だけのプロデューサーになりたいと願っていた私に、未来はないことに。

「そんな感じです。一旦すべてをリセットしようと離れたら、どんどん分からなくなってしまって」

話が切れるのを待っていたように、二人が同時に口を開いた。

「やっぱり凛月ちゃんのこと好きなのね!?」
「俺のせいじゃなかったって言うの!?」
「色々ごめんなさい、瀬名先輩」

横で乙女モード全開の嵐ちゃんは放っておく。心配かけてしまった瀬名先輩の誤解をようやく解くことが出来た。あの日から私の様子がおかしくなったと、弱い私なんて切り捨てるものだと思っていたのに。

「あんなものは却下されて当然です。あれは凛月を通して見たKnightsのイメージでした」

瀬名先輩には見透かされていた。あの頃の私がプロデューサー面したら大変なことになってしまう。あれは試練の一つだった。仮に、私が負けじと瀬名先輩に挑んだとしても大事なことに気付けないままでは一生掛かっても課題には気付けなかった。
これで良かったのかもしれない。一度挫折を味わってしまって、すっかり憶病になってしまった私はKnightsはおろか、凛月の前にプロデューサーとして立つことさえまだ、不可能だけれど。

「そうだよ。凛月のことが好きだった」

嵐ちゃんに向き直ってそう宣言をして、私はこれからどうすればいいのだろうか。変わらなければいけないのは凛月のことも含めてだ。
もう二度と、夢中になってはいけないと思うのに。あんなことをされては、また、盲目的な恋に溺れてしまう。

「私は、凛月のことしか見られなくなっちゃったから、Knightsのためにプロデュースすることが出来ないんです」

肝心なことは何も言わない凛月とはあの日以来口を聞いていない。



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