絶対怒られるんだ、と呼び出しを食らった私は鳴上くんの数歩後ろを俯きながら歩いていた。先を行く鳴上くんに何度も大丈夫だと言われるがそう簡単に復活することは出来なかった。
先日のドリフェスで一年生の朱桜くんに掛けられた言葉を思い出す。まさかこんなに早く敵の本拠地に乗り込むことになるとは。
「鳴上くん、他には誰がいるの?」
「ふふ、まだ秘密よ」
乙女の内緒話なんて綺麗なウインクを頂戴するも私の心はまったく奪われない。むしろまずいことになるのではと嫌な予感しかしない。びくびく怯える私を上手く釣ったように、Knightsの使用しているスタジオに到着して、息を飲んだ。
やっぱり騎士に相応しい落ち着いた話し合いなんて設けられていないのだ。
「ふうん、大人しく連れてこられたんだ」
今日は練習は休みなのだろう。制服姿で雑誌を捲っている瀬名先輩を見てまず私が行なったのは「お疲れ様です!」と上擦った声で挨拶をして頭を下げることだった。
完全に下僕のような態度にあらあらと鳴上くんに肩を叩かれる。
「今日は名前ちゃんと交流を深めるために呼んだのよ。さ、こっちへ来て」
手を引かれて座らせられた先は瀬名先輩の隣で、あらかじめ用意しておいたらしいお茶を目の前に置いてくれた。視線をずらし、瀬名先輩のものであろうペットボトルの水を眺めてプロ意識を再確認する。私も余計な糖分とか摂取してる場合じゃないんだな。
雑誌を読む瀬名先輩とご機嫌の鳴上くんと緊張し続ける私の視線は絡まらない。狼狽える様子をこれ以上見せるのは恥だと思い、私は自分から発言をした。
「ドリフェスではお世話になりました……」
頭を下げて協力を感謝する。元を辿れば零先輩の言い出したことに付き合ってくれなければ成り立たなかった。私も前に進むことが出来なかった。
いいのよ、と微笑む鳴上くんの態度は相変わらず柔らかい。そこに飛んでくる言葉は刺すように私を釘づけにした。
「まあまあ良かったんじゃない?」
両目を見開いて凝視。ぽかんと開いた口は絶句。次第にわなわな震え出す瀬名先輩が机を叩いてようやくこちらを見た。
「なぁに、その目!文句でもあるのぉ?」
「い、いえ!あの、嬉しいなぁって」
鼻で笑う瀬名先輩はつっけんどんな態度を貫いていたけれど、私は気付いてしまった。今は腕を組んでそっぽを向いている彼の手元にあった雑誌が閉じられている。
この座談会に参加してくれる意志を鳴上くんとアイコンタクトで確認する。
「ふふ、これで前の名前ちゃんに戻ったわけね」
「鳴上くん」
ずいぶんと心配をかけてしまった。不安でしょうと声を掛け続けてくれた彼にも言えずにいた私に、何事もなかったかのように「前みたいに呼んで」とまたチャンスをくれる。
「……嵐ちゃん」
あの頃の私ではプロデューサーは務まらないから、戻ることが最善とは思えない。けれど、また一つずつ積み重ねて今度こそ求められるそれになろう。
そのためには、こうして過去を打ち明けることも大切なのかもしれない。
「聞いてもいいかしら。一体何があったの?」
笑顔を振りまいてまっすぐ突き進んでいた私と、誰とも話さずに自分の殻に籠り続ける私。
「どうせ俺に言われたからでしょ?」
瀬名先輩は私が再生出来るように見守ってくれていたのだ。決して手は出さないけれど、きっと後戻りできないところまで来たら助けてくれていたのだろうと思う。
今度こそはっきりと否定する。あなたを、Knightsを恨んだことは一度もないと。
「違うんです。私は、凛月がいたから……」
どういうことかしら、と鳴上くんが首を傾げる。
瀬名先輩が聞かせてみなよと身を乗り出す。
「じゃあまず私と凛月が出会ったところから……」
「遡り過ぎだから。端的に話しなよねぇ」
困ったように笑いながら私は思い出を掘り返していく。
凛月を一目見たときから、すべてを奪われてしまったような、そんな予感がしたのだ。