轟く歓声。揺れる視界を抑え込んでふらつく身体を抱き留めてくれたのはあんずちゃんだった。涙でぼやける目で見つめれば、強い微笑みと頷き。
ああ、彼女も最初はこんな気持ちだったのだろうか。信じられないぐらい嬉しくて、直接肌で感じることが出来る成功のステージ。
舞台袖から眺める景色、夢のような心地だった。キラキラ輝くアイドル達がこちらへ戻ってきて、余韻の眩しさに目を細めた。
まず最初に視線が合ったのは鳴上くんで、私とあんずちゃんに気付いてこちらへ歩み寄ってきた。そのまま、両手をこちらへ出す。瞬きを繰り返す私を見兼ねて、「ほっ!」とあんずちゃんに操られる。敵であったKnightsとのハイタッチ、てのひらの痛みに実感が湧いてきて、代わる代わるメンバーと喜びを分かち合う。

「お疲れ様」
「あ、瀬名先輩!……悔しいけど格好良かったです」
「はいはい、ありがとねぇ」

ん、と瀬名先輩の片手が上がる。私の涙がより一層溢れてきて、ぎょっとする瀬名先輩と苦笑するあんずちゃんに見られたことは後になっても私の汚点として残ることになる。

「これで満足しないでよ!まだまだ課題はあるんだからねぇ!」
「はい!お疲れ様です!」

パンッ、と音が響く。みんなのステージと、前進出来たことを感じられる喜びに興奮が冷めない。
一年生の朱桜くんに「今度遊びに来てください。もっとお話したいです」と微笑まれる。
乙狩くんが「これからもよろしく頼む」と手を差し出す。
大神には「ったく、情けねぇなぁ!」と怒られた。
たくさんお世話になったけど、羽風先輩にハグを求められて応じてしまったら色んな人に怒られてしまった。主に羽風先輩が、だ。これからは注意しよう。
そして、どくんどくんと心臓の音がうるさくなる。後ろからやってきた珍しい光景。朔間兄弟が、何やら話しながら歩いていた。
頬が緩んでいる零先輩は凛月と一緒のステージで嬉しそうだった。凛月は、嫌そうに顔を歪めていた。そんな二人が、真剣な表情をしている。零先輩の口が動いて凛月が不満そうに顔を背けたとき、目が合った。見つめられる赤い瞳が怖かったけれど、私はへらりと笑みを浮かべて手を振った。「お疲れ様です」と「名前」と言ったのは私と零先輩だ。
私達の間を温い風が吹く。掠め取られるように盗まれてしまって、ステージ裏から走り去ろうとする凛月の名前を必死に呼んだ。余韻を味わう暇もない。

「ちょっと、凛月……りっちゃん!」
「「「りっちゃん!?」」」

まさに不意打ち。以前に衣更くんから教わって、そう呼んでいた時期もあったあだ名。凛月が黒歴史を掘り返された様な顔で一度は止まってくれた。どこへ行くの、という私の問いには答えない。周りで笑っていたり見守ったりしている好奇心を睨み付けてまた私の手を強引に握って今度こそ光の届く範囲から外れてしまう。
私は凛月の後ろ姿に見惚れていた。スポットライトが当たっていなくてもこの人は綺麗だ。初めて会ったときのように、暗がりの中でも自ら輝ける、目を惹かれる才能がある。

「凛月、ごめんね」

この前のときと言い、最近の凛月は強引だ。それは私のことをずっと待っていたようにも感じられた。立ち止まった凛月が通路の隙間に私を追いやっていく。非常口に繋がる扉は閉ざされているから、そこだけ影になっている場所が私と凛月を隠してしまう。彼の赤い瞳は野獣のようにぎらついていたから、私はこれから噛み殺されてしまうのではと思った。

「離れた理由は知っていた。それは名前が望んだことだって思ってたから何も言わなかったけど」

私は凛月のプロデューサーになりたかった。だけど、無理だってことを知ってしまった。
だからと言ってはおかしいかもしれないけれど、私は今、彼ではないアイドルの隣にいる。
それでも凛月はずっと私を必要としていてくれたことが嬉しかった。

「俺以外の人が名前の傍にいることを許されるならもう遠慮はしないよ」

そう言って凛月の手が私の後頭部を引き寄せた。ステージで魅了していた唇が今、私の口を塞いでいる。舌が熱を持っていた。今回のステージ衣装も凛月にとても似合っていて、私を攫いに来たみたいな幻覚を見せてくれる。

「名前に目を付けていたのは俺が一番先だから」

私にも同じことが言えるよ。あなたを見つけたとき、私はあなたのものになりたかった。
離れていた分を埋める恥ずかしさから控えめに抱きついたのに、凛月は力強く私を抱きしめ返してくれる。
おかえり、と囁かれた声はひどく寂しそうで、愛しかった。



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