決戦の前日。これまで貴重な昼休みに時間を割いてくれた先輩へ改めて頭を下げれば私より低い位置でとびっきりの笑顔を見せてくれる。私は今、放送室の中にいた。

「打ち合わせ通りにな?生放送だから時間厳守だぞ」
「はい!ありがとうございます、仁兎先輩」

今日のパーソナリティは仁兎先輩一人らしい。気さくで優しい先輩だと言うことはこれまで何度か話しただけでよく分かった。二人っきりでも緊張しないと思っていたが、別の意味で私の神経はガチガチだった。

「お前は真面目だなぁ。にーちゃんでいいって言っただろ?」
「……はい」

さすがは一年生を率いるユニットのリーダーだ。後輩を見る目で私の緊張をほぐそうとする穏やかさに自然と呼吸ができる。一息吐いて、私自身も頑張ろうと笑い掛けてみる。

「本当にーちゃんって、可愛いですね」
「うぎゅ!かわいいって言うなって言ってんらろー!」

両の手を握りしめて睨み付けられても全然怖くない。可愛いを売りにするユニット唯一の三年生なのに私より先輩だとは思えなかった。
けれど、私より多くの場数を踏んでいる彼は、当たり前だけれど落ち着いていて、震える私を見て何度も声を掛けてくれる。放送まで、時間はもうわずか。

「大丈夫か?やっぱり薫ちんについてきてもらった方が」
「決めましたから」

私の無茶苦茶な要求を笑って「俺に任せて」と言って羽風先輩が紹介してくれたのがにーちゃんだった。放送委員に直談判。こうしたイレギュラーな特別対応は後々影響を及ぼす恐れがあるからと最初は渋っていたのだが、私へのインタビューと兼ねて少しだけ放送時間を貰えることが出来た。
ちなみに外で待っていてあげると言う羽風先輩の申し出はきちんとお断りをした。これは私の戦いだから。
まだ勝負はついていないのに、放送室を出てから情けない顔は見せたくなかった。と言っても、今にも尻尾を巻いて教室へ帰りたい私を前ににーちゃんはひたすら苦笑いをしていた。

「名前、ちゃんと受け答え出来るかぁ?」
「む、無理かもしれません……」

しょうがない、とにーちゃんが笑う。予定変更と言って放送機具をいじればあっという間に放送前の聞き慣れた音が耳に入る。スタートしてしまった。あわあわと慌てる声が入らないように口を塞げばにーちゃんがこちらを振り向いて肩を落とした。
開始の挨拶、私の出番は最初の方にしてもらったからきっともうすぐだ。あ、あ、と掠れた声しか出ないことに弱さを感じる。
こんな大勢に宣戦布告なんて、やっぱり無理だったのかな。

「まずは一歩じゅちゅ!確実に!」

あ、噛んだ。
顔を赤くするにーちゃんのバックに音符が飛んでいるような絵を想像してしまった。
私が作った曲が流れている。歌っているのは、知らない人の声だった。

「練習曲として提供しているんだろ?俺達Ra*bitsの宣伝も兼ねてるから気にしなくていいからな」

可愛らしい声に胸が踊る。曲とアイドルの数だけ魅力は生まれてくる。
そう教えてくれたにーちゃんが背中を押してくれた。

「言いたいことだけはちゃんと話すんだぞ!」
「はい!」

歌ったのはRa*bits、そして今日はこの曲を作った人に来てもらっていると紹介してくれて、マイクを指差す。

「こんにちは。名字名前と言います。実は明日、ドリフェスをやります。完全に宣伝ですみません。でも必ず良いステージにしてみせます。ぜひ、見に来てください。私がプロデューサーを務めるユニットはUNDEAD。対するはあんずちゃんプロデュースのKnightsです。今日は、彼らに伝えたいことがあって来ました」

放送室にいるのは私とにーちゃんだけで、この声を聞いている人がどんな顔をしているかなんて分からない。だからこそ、私はこうして強気に言えるのかもしれない。格好悪いけどこれが今の精一杯だ。

「あんずちゃん、Knightsの皆さん。明日は絶対負けません」

よろしくお願いします、とマイクの前で頭を下げてから、数秒。SOSを含んだ目でにーちゃんに視線を流して、にかっと笑うにーちゃんが締めくくってくれる。私は即座に場所を変わって脱力。
後は慣れたトークで放送してくれるにーちゃんの背中を眺めていた。準備していた言葉を話すだけで疲れてしまう私とは違って、やっぱりアイドルなんだなあと思う。
そして曲を流してマイクのスイッチをオフにしてから、頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれる。ようやく解放された気分だった。

「ありがとうございます。お礼はまた、後で」
「気にすんな!それより、よく頑張ったな」

全然大したことはしていないのに、そう言って私のことを褒めてくれるにーちゃんを前にして泣きそうになってしまったから、私はただ頷くだけで今日はここで失礼することにした。
喉がカラカラ、自動販売機にでも寄ってから教室に帰ろうとして放送室の扉を静かに閉めたら、予期せぬ人物がこちらへ歩み寄ってきた。こうして見ると、意外とこの先輩は気に掛けてくれているのだろうかと思う。

「生意気。本気で俺達に勝てると思ってるの?」

壁に身体を預けて腕を組んでいる姿は絵になった。ステージ裏で近付いてきたときと同じ笑みを浮かべているのに、羽風先輩に話を聞いてから少しだけ、そんなに悪い人ではないのかなと思えてきた。
ぼけっとしている私を壁へ追いやってくる傲慢さは好きではないけれど、この距離でこの人だけになら言っても良いと、私の甘さを口にする。

「本心はちょっと違うんです」
「はあ?」
「いや、放送では強気に言った方がいいと思ってああ言ったんですけど、本当は勝ち負けなんてどうでもいいんです」

負けるのが怖いから。それももちろんある。だって企画しても、代表して戦うのはアイドル達で、責任を感じてしまうのは彼らの方が大きいと思うから。だから、と言ってしまったら本当にただのお遊びになってしまうけれど。

「お客さんを楽しませて、自分達も楽しみましょう」

アイドルってそういうものでしょう。自分達だけの因縁を晴らすためのものならステージなんて必要ない。やる以上は個人的な事情なんて二の次だ。UNDEADとKnightsの魅力を極限まで披露させる。
プロデューサーとしての仕事を全うする。完璧を求める彼なら、分かってくれるかもと。

「覚悟してなよね」

ニヒルな笑みで私の挑戦を受け取ってくれた瀬名先輩はもう、尊敬する先輩の一人となっていた。



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