二人でお茶でもすれば十分デートなのかもしれない。中途半端に感じるのはここが学園内のカフェで、他にも生徒がいるからだろう。
羽風先輩に連れられてここに来たのだが今更ながら後悔していた。女の子大好きな羽風先輩と私が一緒にいることへの好奇的な視線は先程から嫌と言うほど浴びている。今度はこっちかなんて噂が広まったらどうしようと、奢ってもらったカフェラテにも手を付けられずにいた。下を向いている憶病な私に対して羽風先輩は誰にも言われなかったことを、易々と口にした。

「もう気にするのやめたら?」

ストレートな言葉が刺さった。気付かれているかもしれないと感じていることもあったが、それを最初に指摘してきたのが目の前の先輩とは思っていなかった。
何と言うか、そこまで固執しているイメージはなかったから。UNDEADに関わる前、女の子が大好きでアイドル活動にそこまで取り組んでいない先輩がいるという噂を知っているぐらいで、私はこの人とまともに話したことはないに等しいレベルだった。

「あっちこっち手を出してると思われるのが嫌なんでしょ?でも名前ちゃん、真面目だから大丈夫だよ」

俺と違ってね、なんて茶目っ気たっぷりに微笑まれてしまい言葉に詰まる。ここは否定するところなのに見透かされているようで私は何も言えなくなってしまった。
そんな駄目な後輩に向けて笑い掛けてくれる羽風先輩は堂々としていて、私の気持ちを理解しているようにも思えた。なんて、馬鹿みたいだ。言わなくても伝わっているなんて都合の良い展開があるわけないのに。

「名前ちゃんはみんなのプロデューサーなんだからね」
「そんなことないです。私はいつだって、一人ですから」

隣には誰もいなかった。私から逃げて、遠ざけたのだから当たり前だ。なのに今は少しだけ状況が変わってきている。本当だったらこうして二人でカフェに来るのだって人の目が気になって嫌だったけど、前進したいという気持ちと変わりたいという期待があったからだ。
それも、このグループのメンバーだからという理由が強いのだけれど。

「あ、でもUNDEADは特別って言うか、感謝してるんです」

私は貴方達なしでは生きていけなくなってしまった。
歌だったら乗せられたのだろうか。直接伝えるには恥ずかしいフレーズだったけど、まさにそんな感じ。あのとき手を取らなかったら、私はずっとあの音楽室に閉じ籠っていた。
未熟なプロデューサーを育ててくれたのはアイドルである貴方達だ。
お礼を言っても羽風先輩は手を振り、俺じゃないよと苦笑する。彼が素直に受け入れられない意味が、次の人物の名で露呈する。

「朔間さんのこと、どう思ってる?」
「……羽風先輩、もしかして」
「あー、ごめんね?ちょっと聞こえちゃったんだ。でも急に無言になるからさ、やましいことでも始まっちゃったのかもって」
「やめてください!」

かあっと顔が熱くなる。
思わず立ち上がってテーブルを叩く私を羽風先輩は声を上げて笑い飛ばした。

「そうそう。女の子はそうやって色んな顔を見せた方が男は喜ぶよ」

からかわれている。先程までの真面目な雰囲気を吹き飛ばすような羽風先輩の営業めいた声から逃れるため、私はようやくカフェラテに口を付けた。もうだいぶ温くなっているため話が長引くようならもう一杯は自分で買ってこようと決める。

「悔しいなぁ。俺が名前ちゃんを変えたかったのに」
「どういう意味ですか?」

頬杖をついてこちらに投げ掛ける視線の意味を私は知らない。あんずちゃんは羽風先輩を苦手だと言い、たまに逃げ回っている姿を見掛けたことがある。
ご執心だと気に留めていなかったから、私の元へ来なかったこと理由など別に知りたくもなかった。

「今だから白状するけど、俺も何度か音楽室に行ったことがあるんだよね」
「……そうなんですか」
「遊ぼうよって誘うつもりだったんだけど鍵は掛かってる、カーテンは閉まってるでさ。これ完全に拒絶されてるなーって」

羽風先輩は人の感情に敏感だと思っている。私がUNDEADのプロデュースをしようとしたとき、あれこれと先行してくれたのは羽風先輩だ。顔色ばかり気にしてしまう私の居場所をちゃんと準備してくれて、誘導してくれた羽風先輩の存在が嬉しかった。
それを今でも覚えているけれど、ただ女の子の扱いに慣れているという風に認識していた。
閉ざされたドアをこじ開けるような野蛮なことはしない。羽風先輩と話したのは屋外で偶然会ったときにナンパみたいに声を掛けられただけだ。

「でも、俺だけじゃない。君がいる音楽室を覗いていた人はたくさんいるよ」

優しすぎますよ、羽風先輩。多分私が一人でいたら言ってもらえなかった台詞だ。
そんなことないと首を振る。私がいなくてもこの学園には有能なプロデューサーがいるから、私なんて不要だ。もしかしたら、今も。

「気を遣わなくていいですよ、羽風先輩。そんな人誰も……」
「せないずちゃん」

扉の方を振り返ったことは何度だってある。侵入者がいないことに安堵して自分の世界に入り込む私は、いつかなんて先の希望を願うだけだった。今はきっと、この扉をノックされたところで応える勇気なんて持ち合わせていなかった。また誰かと関わることが怖かった。

「心配だったんだよ」
「……すみません、もしかしてそれって、瀬名先輩ですか?」
「うん。泉くん」

クオリティの低いものは一蹴する。一切の妥協は許さない。
私のひたすら甘い案を使いものにならないと捨てたあの瀬名先輩が、まさか。

「可愛いあだ名ですね」
「今度呼んであげれば?」
「あはは。まだ死にたくないです」

声が段々と渇いた笑いになっていく。
真顔になったときにはもう、瀬名先輩に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
きっと責任を感じていたのだ。自分のせいで私が変わってしまったんだって。

「鍵の掛かった部室へのノックはしなくても、ちゃんと見ていてくれる人はいたんだよ」

瀬名先輩も羽風先輩も、零先輩も。もしかしたら他の人も、なんて。そう思わせてくれる前向きさを与えてくれたすべての人達にお返しがしたい。私はプロデューサとしてやっていくと決めたのだ。

「ね、頑張れそう?」
「ありがとうございます、羽風先輩」

ぽん、と頭に手を置かれて覗き込まれる。素敵な笑顔を永遠に照らしていけるような道標に私がならなくちゃいけない。何度お礼を言っても伝えきれないぐらいだ。

「朔間さんじゃなくて俺にしない?」
「もう、やめてくださいよ」

きっとあの人も、心配してくれていたのだろう。まだ話し掛ける勇気は出ないから、きっかけを作ろう。
勝負は、アイドルらしくドリフェスで。則って、宣戦布告をする。



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