叩き起こすつもりはなかったのだが、軽音部の部室でああでもないこうでもないと狼狽えている私の忙しさに起き出してきた朔間先輩へ、小言宜しく先日の勝手なドリフェス開催について愚痴っていた。

「そもそもUNDEADとKnightsが互角だったとしても私とあんずちゃんじゃもう勝利は見えているというか、あんな風に皆のいる前で言い出さなくてもって思うわけですよ私は。ああもう本当にやりたくない。不登校になりたい」
「……して、今何をしているのじゃ?」
「あんずちゃんに貰った必勝法メモを見ながら過去のドリフェス分析です」

Knightsもあんずちゃんのことも徹底的に調べています。そう付け加えたら、朔間先輩がとても綺麗に笑った。無理矢理起こされていい加減にしてくれと言う顔で文句を聞いていた彼も、今の私には理解を示すところがあるのだろう。
棺桶から出てきた朔間先輩が私の隣に座り、パソコンに映る画面を見る。先日の香りとは少しだけ異なったとしても紛れもなく隣にいるのは朔間先輩で、私は不自然にならないように椅子をずらす。
多分気付かれていたが朔間先輩はそれを咎めることはせず、再び出たくないと駄々っ子になる私を挑発的に見る。

「嫌々言いながら準備を始めているようじゃな」
「……逃げたくないですから」

私にはUNDEADの皆がついている。味方がいる心強さだけがよりどころだ。
正直苦手なKnightsにあんずちゃんとの戦いなんて泣きたくなってくる。勝敗なんてどうでもいいし、経験できればそれでいいかなというぐらい。負けても凛月の言うことなんて聞くつもりもないし、瀬名先輩がそんな身勝手なことを許すはずがない。
ああ思い出してまた恥ずかしくなってきた。

「凛月じゃ」
「うっ……」

画面に映るKnightsの十八番、デュエル。白と黒が基調とされた衣装に身を包む凛月が不敵に微笑んでいて、私を見つめているわけでもないのに、触れた温もりを思い出して熱が集まってくる。
凛月なんて知らない。私から離れたのだから、彼が追い掛けて来なかったことを責めるつもりはないが、どうして今、あんなことをしたのだろう。
兄に抵抗してのものだったとしたら、私は利用されただけということになる。
大変だな、と兄弟に挟まれた私を見て同情する衣更くん。良いもの見せてもらったわぁと乙女モード全開の鳴上くん。二人に囲まれた私の恥ずかしさはこの兄弟には何も伝わっていない。

「何かあったか?」
「……気になってたんですけど」

朔間先輩と凛月はあまり似ていないと思うけれど、端整な顔立ちをしているなぁと朔間先輩を眺めていたら、不意に声を掛けられた。意を決して、ずっと心に引っ掛かっていたことを言葉にする。

「どうして朔間先輩は」
「零」
「……はい?」
「そろそろそう呼んでくれぬか」

有無を言わさぬ笑顔だった。私は今はほとんど呼んでいないけれど、かつては凛月のことを下の名前で呼んでいたから先輩は先輩で良いと思っていた。
だが、あのステージの日から目の前の人は私の名前を呼び捨てにし、距離も縮まったと自覚している。

「零先輩、それでですね」
「ああ」
「私のことを助けてくれる理由は、凛月がいたからですか」

ステージ演奏を録画した映像は音が時折割れていたり、一般客の歓声が入っていたりしていた。すべてシャットダウンされるぐらいには私と零先輩の間は無音で、ひたすら見つめ合っていた。
私が軽音部の後輩で、プロデュース科の貴重な生徒で。たったそれだけでも、零先輩は私を気に掛けてくれていたのだろうか。とやかく言うつもりはなかったのだが、気になっていたのだ。

「あの凛月が女の子を隣に置くなんて、と見掛けたのがきっかけじゃった」
「はい」

短い間ではあったが、私と凛月の関係は良好だった。人を寄せつけない雰囲気のある凛月に付き纏っていた私はなるべく凛月の言う通りにして傍に居つづけた。

「おぬしになら凛月のことを任せられる。そんな風にさえ思っておったから、孤立したときは当然手を差し伸べてやろうとタイミングを伺っていた」
「……」

零先輩の頭の中は常に凛月基準で考えられている。私に興味を持った理由はやっぱり凛月が私を気に掛けていたから、なのだろう。
ドリフェスで会ったときの凛月を思い出すと、忘れていたとは到底思えない、切ない顔をしていた。凛月もまた後悔しているのか。話をしていないからまったく分からないけれど。

「じゃが、凛月の為ではない」
「違うんですか?」

言わば凛月が自分のせいだと悲しまないために私を再生させようとした。そう解釈しており、私は別にそれでも構わないと思っていた。
私の為だと覗き込んでくる零先輩の赤い瞳。ぐっと近付いてくる迫力に負けて椅子から落ちそうになる私を支えてくれたのもまた目の前にいる人。
捕まってしまった。転ばずに済んだのならさっさと離してほしいと主張する前に、未だに触れられている腰の手に力が籠る。ひっ、と思わず短い悲鳴が出る。

「教えてくれぬか?仲直りして欲しいと願う一方で、このまま我輩の隣にいてくれとさえ渇望するこの気持ちを」
「さ、朔間先輩……?」

何を言ってる。そんな、恋みたいなことを。
甘い思考が巡る私をよそに彼にはその気がないような振る舞いをするところは、本当にそっくりだ。

「零と呼べと、言ったはずだが?」

低い囁きが耳元へ届く。私でさえ卒倒しそうになることをこの人は簡単に出来てしまう。気を持たせることをして、その先には絶対に踏み出さないで。怒りさえ生まれてしまう私の中ではっきりとした言葉は出て来ない。零先輩はいつもより怖い顔、私だって負けるつもりはなく睨みつける。
こんな至近距離で恋心が芽生える素振りもなく無言で見つめ合うシチュエーションに助け船を出してくれたのだろうか。
数回のノック。私は零先輩の身体を押し返して返事をする。

「ちょっといいかな、名前ちゃん」
「羽風先輩」

珍しい客人だ。てっきりまた女の子とデートかと思っていたのに。
どうやら私に用があるらしく、部屋の中を見回してから念のためと言うように「朔間さん、名前ちゃん借りてもいい?」と聞く。

「どこへでも連れて行って良いぞ」

すっかり拗ねてしまった声音。つーん、とこちらを向くこともせず腕を組んでそれ以上黙り込む子どもっぽさに付き合う暇はない。その原因に私が関わっていたとしても謝罪する理由が見当たらない。

「私、帰ります。失礼しました、朔間先輩」

持ち込んだそれらを早々と片付けて腕に抱えて部室を出る。歯を見せる不機嫌さを露にしすぎたことを、扉を閉めてから後悔をした。
落ち込む私の傍にいる羽風先輩は荷物持つよ、とパソコンや資料を渡すように言ってくれた。

「ありがとうございます。あの、私に用事って」
「ねえ、今からデートしない?」

羽風先輩の言葉に目が丸くなる。あのデートですかと尋ねたら案の定そうだよと笑われてしまった。



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