あんスタ | ナノ


意識が落ちる瞬間まで目に映るのはいつだって君なんだ。

「おやすみなさい、凛月くん」

言葉は穏やかなのに寂しそうな音色を吐き出していく。そっと遠ざかる君を呼び止めることなど出来なくて、当然ながら眠りから醒めたときには君の姿はない。必然であることなのに思い通りに行かなくて苛々する。俺達はきっとお互いに、どうしてだろうって胸に仕舞い込んでいる。

「あのね、凛月くん」

学園で二人しかいない女の子の一人、彼女の名前を名字名前と言った。
大人しくてあまり他の生徒に馴染んでおらず、いつも寝ている凛月の隣でああした方がいいこうした方がいいと控えめにしつこく諭してくる存在。
それが、少し前までの彼女に対する印象だ。

「どう思う、かな?」

横になる凛月が寝返りを打って見上げている。名前は狼狽えたようにあたふたとしていた。はっきり物事が言えなくて流されやすそう。そんな気弱な彼女を前に凛月はいつだって思うがままに返してきた。

「どっちだっていいよ」
「そ、そっか……」

興味がないことにはそう伝えるし、つまらない意見や機嫌が悪いときには簡単に突っぱねた。そそくさと逃げるようにしていく彼女の背中を何度だって見てきたしその度に面倒臭いと溜め息も吐いた。
同時に、ちゃんと彼女のことだって見ているつもりだった。真剣に凛月のプロデューサーになりたいと志願する名前の意見を聞き、彼女の言う練習にだって付き合った。成果が見られた時には褒めることも忘れずに。
その時、名前は本当に嬉しそうに笑うのだった。びくびくと肩身の狭い生活をしている彼女が見せた笑顔に安堵もした。そんな表情が見られるのは自分だけだって思ったら、凛月は意外と悪くないと思ったものだった。
名前が隣にいると満たされた気分になる。イベントで成功した彼女を労おうとしたとき、凛月は現実に引き戻される思いだった。ステージでライトを浴びる夢心地から一気に突き落とされたような暗いステージ裏。
華々しい音が飛ぶ影では、自分以外にも微笑む彼女の姿があった。
凛月は、完全に誤解していた。自分の前では顔色を窺って思うことも取り繕ってしか言葉に出来ない名前が、他の生徒とも打ち解けているのだ。

「名前ちゃん、ちゃんと俺のこと見ててくれた?誰が一番格好良かった?」
「あああうっせぇな!ンなこといちいち気にしてんじゃねぇ!」
「羽風先輩の見せ場を奪おうとする大神くんが面白かったです」
「お前も余計なこと言ってんな!つーか面白かったって何だよ!」

今しがたステージから下りてきた他のユニットと話す名前は、凛月の隣にいる彼女とは異なっていた。とても自然体で先輩に対しても容赦がない。
あげようとしていたご褒美を握り締める。彼女は今、他の人から水の入ったペットボトルを手渡されていた。

「お前も動き続けているだろう。飲め」
「わ、ありがとう乙狩くん!ごめんね、私の方が貰っちゃって」
「ハッ。名前はマネージャーにはなれねぇな」
「こんな可愛い子だったら大歓迎だよ!名前ちゃん」

顔の前で手を振り、逃げるようにして駆け込んだ先。一人の男の背中に隠れる名前のあどけなさに胸が締めつけられた。
自分の兄にはそんな顔をするのか。今初めて知った、事実。
零が囁くように寄せた言の葉に彼女が一気に頬を染める。なんだなんだと詰め寄るUNDEADの前で秘密ですと騒ぐ名前に零が笑っているのが見える。

「健気じゃのう」

頭なんて撫でている零は凛月を挑発しているのではないか。
いや、意味が分からない。彼女と自分は何の関係もないのだから、見せ付ける理由だってない。じゃあどうして、こんなにも大切な何かを取られたような気分になるのだ。

「どうしたの、くまくん」
「セッちゃん。……ねえ、彼女ってさ」

別に隠すつもりなどないのに。示せば簡単に評する瀬名の言葉で、凛月はようやく知ったのだった。

「名前?ああ、あの子、魔性だからねぇ」

くすくす笑いながらあの子を呼び捨てにする瀬名がいる。自分と彼女の距離など、皆がすでに築き上げている時間と同じ値だったと。




翌日、穏やかな午後の時間。授業をサボって昼寝をしてた凛月を起こしたのは彼女からの着信だった。授業中に凛月を探すのは衣更の役目だというのに、どうしてこういう時に限って彼女なのだろうか。
空気読めないやつ、と凛月は目を瞑る。簡単に手に入ると思っていた願いは、実は相当難しいらしい。

「見つけた!」

開いた瞳に輝くのはキラキラした景色。いつだって、君はどこにもいなかった。
初めて迎えに来てくれた名前は息を切らしていた。必死になるのは俺にだけって
ことは知っていた。

「あんたが俺の言うことだけ聞く人形だったら良かった」

ぱちくり見開いた目を見つめながら、凛月は終わりを告げようとしていた。
今までずっと、黙っていたこと。

「名前は、俺のことが好きなんだと思ってた」

自分の言動で一喜一憂する素振りは分かりやすかった。何度も想いを伝えようとしては諦めていたことだって気付いていた。

「泣かせたくなかったら知らないふりしてたけど」

その時の凛月は名前の気持ちには応えられなかった。はっきりと釘を刺してしまえば彼女は間違いなく涙を流し、気にしないでと言いながら離れていく。それは自分の望むことではない、そう思っていた。

「でも、違うみたいだね」

好きな人に対する反応だと思っていたのも凛月の勘違いだった。
凛月にだけ心を許す名前なんてどこにもいない。自分にだけ靡く彼女を手に入れたいと思ってしまった凛月は立ち上がる。

「俺もう行くから」
「待って」

触れてきたのは、今まで一度もなかった。しっかりと袖口を握る名前の手を振り払うこともせず、冷たく見下ろした凛月の態度に負けじと返す名前の意志は、とても強かった。

「自分だけ好き勝手言っておいて、さよならみたいなこと言わないで」

座って、と尖った口調。凛月の求めるものではないと分かっていながら、名前は告げたのだ。

「好きだよ。初めて会ったときから、凛月くんだけだったんだよ。でも、話し掛けてもそっけないし、いつも寝てるし。私の話なんて全然聞いてないから、それが凛月くんだよって衣更くんは言うけど、私はいつも寂しくて」
「うん」
「嫌われたくないからはっきり言えなくて。本当はいつだってサボる凛月くんを殴ってでも連れて行きたかった」

思わず笑ってしまう。乱暴、とからかえば名前がうるさいなぁとぼやく。
凛月の前では決して見せられなかった素顔。恐る恐る伸ばした手が、名前の髪を撫でる。逃げずにいる彼女の照れ方は今まで凛月が見ていたそれと全く同じで。

「結局、泣かせちゃったかぁ」

やってしまったと息を吐く凛月にごめんと謝る名前。
しゅんとした名前の泣き顔を見つめながら、凛月が感じていたもやもやが形になっていく。するりと掴んだ彼女の腕は、想像以上に細かった。

「他の人に笑い掛けるの禁止。簡単に心を許さないで。特に兄者。馴れ馴れしすぎ」
「えっ」
「あとは……まあ、いいか」

ずっと引き止めたかった。そんな権利はないと言い聞かせていたけれど、もう我慢することもないのだ。引き寄せた彼女の身体が傾く。

「来るなら、俺のところにしなよ」

閉じ込めた腕の中で名前が大号泣。制服汚さないでね、と可愛くない言葉も今の名前には聞こえていない。ぎゅうとしがみつく存在、もう離してあげないからと凛月は目を閉じた。



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