あんスタ | ナノ


気分屋の猫を懐かせるつもりなどない。そもそも、こちらからおいでおいでと甘い声を出したところで分かりましたと従順に、または大人しく腕の中に収まるような可愛さではないのである。この刺々しい言動も彼の魅力、そう理解した上で隣にいるのだが、本当に惜しいなと思う。

「瀬名泉さん」
「うわっ、また来たのぉ?ストーカー?」

あんたにだけは言われたくない。真っ向から誰彼構わず跳ね除けてくる彼の冷たい視線にはもう慣れた。付き纏ってようやく好きにすれば、と脱力気味に言わせた記憶はまだ新しい。いつか諦めるだろうと瀬名泉さんも思っているのかもしれない。しかし、ストーカーとは聞き捨てならない。

「私別に、瀬名泉さんのことタイプじゃないですから」
「……それ、前も言ってたよねぇ?」
「はい。とてもおモテになる瀬名泉さんに誤解されないように。もう一度言いましょうか?」
「いらない」

ぷいっ、と不機嫌そうに。いや元々か。このツンとした憎たらしい表情も綺麗だ。とても絵になることは認めるが、私が好きな男性の仕種とはマッチしない。そうやって牽制をして手に入れたまだまだ発展途上のポジション。
私はプロデューサーとして瀬名泉と接したいのだから、色恋沙汰を含んでいるなんて余計な心配事は取り払ってしまうのが吉だ。

「私はもっと爽やかな笑顔の似合う美少年がいいです」
「ロリコン?きもーい」
「ところで瀬名泉さん、この前言ってた件のことなんですが」

慣れると辛辣なやり取りもほどほどで流せるようになってくる。私はまだまだプロデューサーと名乗れるほどではない、足元にも及ばない存在だけれどこの学園で生徒と仕事の話をする時が一番やりがいを感じる。彼らの為に、自分の為に。
少しずつだか瀬名泉さんも私の話をちゃんと聞いてくれるようになったのは大きな進歩だ。次のステージの打ち合わせ。決められた仕事はきっちりとこなすから、真剣な話し合いが出来る。もっとも、終わった後には貴重な休み時間が潰れただとか何とか小言が飛んでくるのだが。
だが、今日の瀬名泉さんは少し様子がおかしい。いつもならふーんと聞いていないフリをする相槌なのに、何か探るように私の顔をじーっと見つめてくる。自分のことばかりで瀬名泉さんの不審に気付くのが遅れた。話を一度切り、私も返しながら問う。

「……何か?」
「俺も相当ファンいるけど」
「知ってます。元モデル、現アイドルなんてさらに騒がれちゃいますね。で、少し調整する箇所が出てきてその相談なんですけど……」

じーっ。猫のように凝視する二つの瞳が離れない。珍しいな。いつもは私からこっちを見てと強請るのに、今日の瀬名泉さんは機嫌が良いのだろうか。特別サービスとでも言いたげに撫でるのを許してくれる猫が饒舌に語り始めた。そう、彼お得意の憎まれ口から。

「はー、むかつく。最近、手に付かないんだよねぇ」
「それは大変。どうしたんですか?私に何か出来ることはありますか?」
「毎日毎日呼んでもないのに俺の頭の中に出て来て、会えば会えばで気に食わないことばっかり言ってくる。いい加減俺にすればいいのにさぁ」

よく話が見えないんですけど。
私の横槍に大きな溜め息。私は自分の中で噛み砕いてみたら、まさかの予想に辿り着いてしまった。ある一つの可能性を確実にするために、疑問を一つ一つぶつけてみる。

「その人?のことばかり考えて、自分の思い通りに行かなくて。もしかして他の人と一緒に居たりしたら腹が立って?」
「そうそう」
「念のため聞いておきますけど、異性で良いんですか?」

まさかの肯定。瀬名泉さんも自分のことになると鈍感なんだなぁ、と私は飛び跳ねる勢いで彼の言葉を掻き消してしまった。

「……っていうかぁ、」

あんたのことなんだけど。
おそらく同時だった。でも私の声とテンションが明らかに瀬名泉さんの上を行っていて、まったく耳に入ってこなかった。

「それは恋です!」
「……はぁ?」

バカにしたように鼻で笑う彼の前で握り拳を作る私ははしゃいでいた。こんなところで弱味を握れるなんて、と邪な感情すら芽生えていた。だってあの瀬名泉さんに好きな人だ。この人は恋人にはどんな態度で接するのだろう。いつも通りだったらちょっとだけ可哀想だな。そんな風に思っていてからの展開。
私は断言出来る。瀬名泉は、恋をしている。

「瀬名泉さん、症状はずばり恋の病ですよ!やー、まさかまさか!どうしよう私恋愛相談いくらでも聞きますよ?ちなみに相手は誰ですか?彼女ですか?それとも同じ業界の人とか?」

きっとものすごく可愛いんだろうな。お淑やかで瀬名泉さんの生意気ぶりも目を瞑って、それでも大事なところでちゃんと怒れる彼の手綱をきちんと握れる人。

「……ばっかじゃないの!チョーうざぁい!」

おお、あの瀬名泉さんが照れている。滅多に見られない表情に私はつい笑みが零れる。こんな役も似合うなと新たな可能性に結びつける顔を悟られたのか、さっさと歩き出してしまう彼を、そろそろ解放することにした。休み時間もそろそろ終わりだ。
仕事の話は進まなかったが、珍しい収穫をしてしまった。なんて良い日だ。

「名前、今日の放課後空けといて!」
「はーい」

私はのん気だった。きっと瀬名泉さんは口止めをするつもりで誘ったのだ。または恥ずかしくて言えなかったけどやっぱり恋愛相談をしたいとか。
素直じゃないなぁと可愛いらしい彼の一面を上から見ていた私は、後悔をする。
恋を自覚させた猫の猛攻撃。また一つ、彼の魅力を知らされることになる。



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